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そうして旅人は自由に生きる~魔と法を巡る物語~  作者: 宿木ミル


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第13話【虎の街】

 ピンチかもしれない。

 ふと、私の頭には危険という言葉が思い浮かんだ。

 周囲は竹林、地面は舗装されていない道。

 完全な自然の空間。普通の街道から外れた場所。

 そんな空間に迷い込んでいた。


「なんか気配もするし怖いなぁ……」


 周囲を見渡しながら私は前に歩いていく。

 人がいる感じはない。

 むしろ、動物が動いているような印象を感じさせられる。

 竹がカサカサと動く音。地面の葉が踏まれたことによって発生する音もある。

 何者かに狙われている。そう感じてしまうのも仕方ないだろう。


「ここで野宿は流石に危険そうだし、早く抜け出さないと」


 ふと空を見上げると、そこには満月。綺麗なまんまるの月は美しいけれど、ここで立ち往生するわけにはいかない。

 警戒をしながら竹林を抜け出せるように移動していく。


「夜になると狂暴になる動物とかもいるから、安全重視にいかないと」


 音に警戒しながら進んでいく。

 夜の山、森林というのは危険が多い。竹林だって同じだ。狩りを行う動物が積極的に行動していく。

 私も戦えないわけではない。やろうと思えば『魔の法律』の力を使うことによって、戦闘を行うことはできるだろう。

 ただ、そういう荒事には慣れていないので対応しようとしても、すぐにやられてしまうのは間違いない。だから、可能な限りトラブルを避けていく。


「駄目だ、いくら進んでも竹、竹、竹! 普通の街道に戻れない……!」


 どれだけの時間を歩いたのだろうか。

 進んだ先に見えるのは竹。こっちが出口かと動いた先も竹。迷子にならないようにパンくずを利用して振り向かなくても竹!

 ……これは相当広い竹林に入ってしまったみたいだ。


「どうしよう、このままだとお腹を空かせた子に襲われるかも……」


 パンくずを定期的に置いてきたことが仇となり、それを辿って来た動物とばったり遭遇!

 そのままガオーっと襲われてしまうのでした……というのは流石に勘弁願いたい。

 きっと私は美味しくない。パンくずは美味しいかもしれないけど。


「もし、パンを要求されたら素直に受け答えしておこうかな」


 動物に言葉が伝わるかはわからないけれど、もしかしたら和解してくれる可能性がある。

 ここにもし暮らしている動物たちの法に人を襲うな、とかそういうのがあったらありがたいけど、そんな都合がいい法律があるかはわからない。

 まぁ、こういう時は交渉をするのが大切だ。最悪ボディランゲージでなにか気持ちを伝えよう、そうしよう。


「……うん?」


 ガサ、ガサ。

 近くで地面の葉っぱを踏む音が大きく聞こえてきた。

 身を隠す場所はない。竹に身体を隠せるほど私は超スリムで細身ではないのだ。

 こうなったら覚悟を決めるしかない。

 そう思って音がした方向に身体を動かしながら、予備のパンを取り出す。

 パンひとつで退場願おう、という寸法だ。

 ガサ、ガサ。

 音はどんどん近づいていく。

 四足歩行の動物だろうか。音の間隔は短い。

 少しずつ近づく謎の動物。

 私がパンを置こうとした時だった。


「グルルルル……」


 目の前に、虎が現れた。

 大きさは迫力を感じるほど大きい。

 身体が大木の丸太くらいの太さがある。

 それなのに筋肉が引き締まっているからか、重そうには思えない。

 むしろ、柔軟で、速攻で襲い掛かったら人なんてひとたまりもないだろうというインパクトを感じさせる。


「ど、どうもこんばんわ」


 下手に動くと刺激してしまうだろう。

 そう思いながら、慌てず対応していく。


「その……パン、あるけど食べる? 虎が食べても大丈夫な具材だよ」


 恐る恐る手を伸ばして虎にパンを差し出す。

 言葉は通じているのだろうか。正直不安だ。

 虎は一匹、ただそれでもプレッシャーは凄い。

 私が差し出したパンに虎は少しずつ近づいて、匂いを嗅ぐ。

 ……美味しそうだと判断してくれるのだろうか。


「た、食べにくいなら置いておこうか?」


 指ごと噛まれたら大惨事だ。

 そう思いながら、虎に問いかける。無論、虎に言葉が通じているかはわからない。

 パンの香りを鼻を近づけて堪能しているかもしれない虎に、内心どうしようか悩む私。

 ほんの数分の時間が、今の私にはとても長く感じられる。

 この後どうしよう。悩んでいた時だった。


「そうだな、地面に置いてもらった方がいい。その方が事故もないだろう」


 ……虎が喋った。


「しゃ、喋った!?」


 虎が、喋った?

 綺麗な発音で、はきはきとした声で、人間の言葉を喋った。

 極限な環境に陥ると幻覚が見えるとかそういうのではなく、本当に喋ったのだろうか。


「何を驚く我が友よ。虎が喋ることなんて不思議ではないだろう」

「そ、そうかも……?」


 さらっと言葉にされるとなんだか謎に納得してしまう。

 街の法とか魔法という概念が存在するこの世界、確かに喋る動物がいてもおかしくはないだろう。

 多分、こういう緊急時でなければびっくりすることなく受け止めてた気がする。

 ……それはそれとして。


「私、虎さんと友達になったことないけど、友ってどういうこと?」


 首を傾けて疑問を伝える。

 旧知の友みたいなノリで話しかけられたのもあってツッコミが遅れてしまったけれど、私は虎との交友関係はまだない。

 だから、我が友と言われても困惑してしまうところはあった。

 虎は少し顔を下に落としたのち、再び上げて私の顔を見つめながら話してきた。


「食料を恵んでくれるのはいい人だろう? それに、オレを見ても丁寧に会話を心がけようとした。だから今、友達になりたいと思った」

「なりたいと思った瞬間に、友達として接するのは判断が早いかも……?」

「嫌なら礼儀を持って接するが……」

「ううん、むしろ嬉しいかも。虎の友達なんてあんまり増やせそうにないからね」


 行動を起こす時は瞬発力を持って動く。なかなかに虎っぽいのかもしれない。

 勢いというのは大切だ。不安でもしっかり動いた方がうまくいくことだって多いのだ。

 友好の証にパンを布巾の上に置いて渡す。


「私はリベラ・マギアロア。竹林で迷子になっちゃってた旅人だよ」

「なるほど、そいつは災難だったな。この竹林は人が赴くと三日は出てこれないとよく言われるくらいにはまどろっこしい空間だからな」

「三日はちょっと危機感を覚えるね」


 そこまで迷子になってたら流石に食料問題に直面しそうだ。

 精神的にもげっそりしてしまうかもしれない。


「旅人なら猶更そう思うだろうな。……ふむ、このパンはいい味してるな」

「いつも食べるものを街で買ったりするときは自分好みのものを選んでるからね」


 パンを美味しそうにむしゃむしゃと味わう虎。

 やっぱり身体は大きいけれど、襲ってこないことがわかるとどこかかわいらしさを感じる。

 パンを食べ終わったのち、虎は再び私の方を向いて、話しかけてきた。


「さて、ここで立ち往生しててもよくないだろう。というわけで、この俺、案内虎のフゥがリベラを街まで導こう」

「この竹林に街があったんだ」

「最近になって街が増えたのさ」


 話していた虎さんの名前がわかり、友達っぽい距離感になれた気がする。

 フゥは私を案内するように少し前に移動し、よっつの足で歩き出した。私もそれについていく。


「新しく街の法が成立したってこと?」

「そういうことさ。この竹林は人が入ると迷子になるし、虎が多い環境。そのままの状態だったらまず人が生きて帰れることは少ない空間だ」

「だから、人が入っても安全になるように法律を定めた感じか」

「まぁ、定めたのは大魔法使いのようなやつだったけどな。法の説明は……『この竹林において虎は人を襲ってはならない。襲うことなく生活ができるのなら豊かな生活と言葉が保証される』といったものだ」

「なるほどね」


 街の法の力で喋れるようになっているという部分が多いみたいだ。

 そう考えると、焦っていた時の私の考え方もあながち間違ってなかったことになる。

 それにしても、私のように法の力を使うことができる人がいるとは。世界の広さを感じる。

 フゥが街まで私を案内する中で、話はどんどん膨らんでいく。


「街の法が制定されてからは、生活は安定するようになった。果実が取れやすくなり、狩りの流れも循環するようになった」

「それは助かるね」

「でも、人間との向き合い方だけはどうにもうまく行かないことが多いのさ。ほら、虎は人を取って食うって印象が強いだろう?」

「警戒してる旅人だと武器で反応しちゃうこともありそうだね……」

「そう、それがなかなか難しいところだ。街の法の注釈には『正当防衛は罪に問われない』というのがあったりするがお互いに傷を負うのは後味が悪い。だから、ここだけはなんとかしたいんだ」

「そうだね、会話まで持ってくるとなると、なかなか大変……」


 姿形が違う存在と対話するのはなかなか難しいだろう。

 例えば、旅の道で猫と会話すると考えても言葉が本気で伝わると思える人はあまりいないだろう。

 今日の私だって不安を抱えながらコミュニケーションを取ろうとしていた。

 虎の場合、特に身の危険を人は感じてしまいがちだから、街の法があったとしても対話するとなると困難になってしまうだろう。


「ほら、着いたぞ。ここが俺たちの街……『虎の街』だ」


 虎の街。それは文字通り、虎が暮らしている街だ。

 絨毯の上で眠っている虎がいる。

 集めた果実を交渉しあっている虎もいる。

 子供同士でじゃれあっている存在だっている。

 姿は虎ではあるけれども、その様相は他の街とよく似ていた。平和でのどかで、ゆったりとした空間。


「フゥにぃちゃん、今日は人間を連れてこれたんだね!」

「あぁそうだ。この女の方はな、俺にパンをくれたくらいにはいい人で話も通じたからな。友人になったというわけよ!」

「スゲー! 人間と仲良くなれるなんて尊敬する!」


 小虎がフゥに集まり、色々問いかけてくる。

 それに対してフゥは気さくに答えていく。気のいい兄貴分みたいな立ち位置なのかもしれない。


「ねぇちゃんは、どうしてここに迷い込んだんだ?」

「うーん、ぼんやり珍しい道を通ろうとしたら入っちゃったみたいな感じかな?」

「おっちょこちょいなんだな!」

「あはは、それはそうかも」

「でもにぃちゃんやオレの仲間を傷つけなかったからいいやつ! のんびりしておけ!」

「ありがとね」


 私に対しても少しの虎が集まってきた。

 人に対して警戒心が強くない虎なのだろう。気を許している雰囲気を感じる。

 ただ、遠くで私の動向を見ている虎もいるあたり、なかなか街の法があってもギクシャクしてしまうことはあるんだなと感じた。





「今日の寝室はここで構わないかい? 俺の家の地下だから、他の虎も入りにくい」

「大丈夫だよ。ありがとう」

「いいってことよ。明日には竹林から抜け出せるように案内するから身体を休めておくといい」


 街に付いたのはちょうど深夜だったのもあって寝室で一夜を過ごすことになった私。

 私を移動させてくれたフゥはどこか浮かない表情をしているように思えた。


「フゥ、どこか浮かない顔してるように思えるけど……」

「わかるのか? 虎の顔」

「感覚だけどね。なんとなーく悩んでる様子だったから気になっちゃって」

「凄いなリベラは、おおよそ正解だよ」


 顔を下に動かしながらフゥが話していく。


「俺は街の代表として旅人の道案内を行っている。だが、全てが今日みたいに順調なわけではない」

「時には襲われることもあるってこと?」

「あぁ、竹林で迷子になってる人っていうのは警戒心が強くなってる。こっちが話し出す前に襲われるっていうのはしょっちゅうさ」

「……虎に襲われたって、思うから?」

「満月の夜に虎が現れたってなると、こっちがひとりでもいい出会いにはなりにくいものなんだ」


 静かに語るフゥの姿には、これまでの苦労を感じさせられた。

 きっとうまく行かなかった日もあったのだろう。

 声色もどこか暗かった。


「言葉を伝えるまでの猶予がせめて欲しいのさ。安全だ、安心しろ、敵じゃない。そんな言葉を伝えるまでの手段、方法が。……これは俺の我儘かもしれないけどな」


 嘆くフゥを見つめながら考える。

 喋れるようになったのも法の力ならば、言葉を伝えるまでの猶予を作り出す方法だって用意できるかもしれない。

 そう思いながら、私は『マギアロアの法』を発動する為に、魔法辞典を取り出した。


「姿で警戒されるなら、人間の姿を模倣すればいいのかもしれない」

「それって」

「街の法に注釈を増やそう。『時に虎は人の姿を取ることができる』みたいな感じで」

「そんなことができるのか!?」

「私も『魔の法律』の力を持ってるからね」


 虎の街の法律を定めた存在みたいに派手なことはできないかもしれない。

 でも、より豊かに生きる法を定めることはできる。

 だから、集中していく。


「……でも、もし完全に人の姿になれたとしても、それはさらに警戒を深めてしまうかもしれないな。怪しいと思われたらよくない」

「なら、虎の獣人という形を取ってみるのはどうかな。虎の要素があり、人でもある。そんな存在なら警戒をほどいてくれるかもしれない」

「それなら、行けそうだ。……やってくれるのかい?」

「新しい文化を取り入れることになるから、覚悟は必要だよ。みんなと相談しないと」

「なら、明日の早朝に決めよう。今日は休んでくれ、リベラ」

「わかった。構えてはおくけど、いったん眠って待ってるね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい」



 新しい法が注釈だとしても増える。

 そのことをフゥは真剣に考えている。

 それが私がとても嬉しかった。法は生きるものと寄り添ってこそ意義が生まれると私は信じているから。








 早朝。

 寝室から目覚めた私を待っていたのは大勢の虎だった。

 広間には虎がいっぱい集まっていて、高台にはフゥの姿があった。

 その様子を見て、私の意識はすぐにはっきりした。


 ……そっか、フゥは決めたんだ。


「リベラ、昨日の話は受けることにした。だから、今日のこの集まりは新たな始まりの一歩だと思ってほしい」

「わかった、じゃあ私も用意するね」


 魔力を展開して新たな法を作り出す準備をする。

 その間にフゥは力強く言葉にする。


「街の法とよりよく向き合う為! 人間との対話の道をより進める為! 俺たちは新しい法を受け入れる!」


 彼が言葉を重ねている間に、私は魔力を集中させていく。


「新たな姿を受け入れることは変化すること。時に混乱してしまうかもしれない。だが、俺は、俺たちは支え合おう! そしてどんな姿であることを選んでも、虎としての誇りを胸に刻むんだ!」


 力強い演説。

 それは新しい未来を導いているようだ。


「いつか、みんなで笑い合える日がくるように、できる限りのことを俺はする! だから、みんなも力を貸してくれ!」


 フゥが視線を私に向ける。

 覚悟に満ちた顔。迷いはない。

 ならば、私も寄り添おう。彼の覚悟に。法の力で。


「我、リベラ・マギアロアの名を持って新たな法の注釈を創る。『虎は獣人としての姿となり生活を送ることも可能となる』……!」


 その言葉が宣言された瞬間、竹林全域に魔力が広がっていった。

 静かな静寂が広まったのち、私はゆっくりと言葉にした。


「これで、みんな獣人の姿になれるようになったよ」

「確認してみるぞ」

「頭で変身したいって思えばなれるようにしてるよ……って」


 フゥが獣人としての姿を現す。

 筋肉質な体つき。丸太のような足。虎の耳に尻尾。

 それが、裸で現れる。


「す、ストップ! ストップ! ちょっとその段階は早い気がする!」

「なんでだ? しっかり人間の姿っぽいだろう?」

「うん、うまく獣人さん、獣人さんだけど、そのね、流石にそれはええっと逆に近寄りがたいというか、その、服を用意するまではええっと」

「なんだ?」


 裸で近づいてくる。

 多分、これは動物として服を着る習慣がないから気にしていないだけなんだろうけど、ええっとこれは……


「まず、服を着るまではもう少し虎要素強くしてほしいなぁー!?」


 まだまだ、課題は多いのかもしれない。

 そう思いながら、変わりゆく街の感じを見守るのであった。









「ここをまっすぐ歩いたら竹林を抜ける。色々助かった、リベラ」

「こっちこそありがとう。迷子のままだったらどうなってたかわからない」


 虎の街を抜けて、竹林。そしてその出口まで移動する私とフゥ。

 フゥの今の姿は虎のままだ。流石に服もない状態で歩き回ると不審者にさせちゃうし正直私も気が気でないからこれくらいが安心する。


「人間は服を着たりするんだな……大変だ」

「ファッションとかもあるから楽しいよ? 多くの人と交友は深まったら文化として広めてみるのもいいかも」

「そうしようか」

「ただ、ちゃんとした服を用意できるまではしっかり虎側の要素を強くすること。これは忘れないように」

「あぁ、あの時のリベラの様子を見ててもまずいっていうのはなんとなくだが、わかった。気を付けるよ」

「それなら一安心」


 竹林から外に出て、久しぶりの街道が目に映る。

 やっと普通の旅路に戻れるのかもしれない。


「じゃあ、元気でな」

「フゥも元気で! これからの街に幸運が訪れますように!」


 竹林から少しずつ離れていく。

 きっと虎の街も独特の文化を得て、成長していく。

 これからは人間とのトラブルも減っていくはずだ。

 困難はあるかもしれないけれど、フゥや虎のみんななら大丈夫。

 そう信じてる。


「さて、次はどこに行こうか」


 ピンチから遭遇できた出会いだっていい思い出になった。

 ふと竹林を振り返りながら、私は静かにそう思った。

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