第11話【コーヒーの街】
文化というのは地域ごとに違う生活を作り出す。
採れる特産物によって食の形が変化していったりするのはよくある話だ。
そういうちょっとした違いを楽しむのも旅の楽しみだと私は考えている。
……ちょっと苦手なものを味わうことになったとしても、それはきっといい思い出に繋がるはずなのだから。
ある街道。
次に赴く街を考えながら進んでいた時に、私は荷車に不備を発生させている商人と遭遇した。
二輪のうちの片方の車輪部分が空気を吐き出してしまっていたのだ。その結果、アンバランスな荷車になってしまい、立ち往生になってしまっている。
「あぁ、どうしよう。このままでは仕事のノルマが達成できない! 街で美味しいコーヒーを味わえない!」
彼はどうやら街の名物の為に尽力しているみたいで、立ち止まるわけにはいかないと何度も嘆いていた。
流石にそれを放置したまま旅をするのはできない。やっぱり困っている人は助けたい。
そう思い、私は商人に声を掛けることにした。
「なにか、力になろうか?」
見ず知らずの旅人に話しかけられるのはそれなりにビックリするものだろう。そう思い、フランクに接してみる。
商人は私を見て少し考えたのち、懇願するように頭を下げた。
「旅人さん! 本当にいいのなら、このアンバランスな荷車をどうにか動かして荷物を一緒に街まで運んでほしい!」
「軽く浮かせればいいんだよね」
「そうなる。女の子には少しきついかもしれないが、猫の手も借りたい状況なんだ!」
「気にしないで、人助けは好きだから」
商人の心配を受け取りながら、しっかりと潰れた車輪の方を持ち上げる。
……それなりの重量だ。街までの距離によってはちょっと大変かもしれない。
「中身は何が入ってるの?」
「うちの街の名物のコーヒー豆さ。いっぱい詰まってるし香ばしい味わいが人気なのさ」
「おぉ、コーヒー」
味は調整してしまいがちだけど、私もコーヒーはそれとなく味わう方だ。
苦みをある程度調節して、砂糖をいっぱい入れて味わう。それが私の好みな飲み方だ。悩んでいる時に味わったりすると新しい閃きに繋がったりするから、好きなのだ。
「その反応……コーヒーが好きなんだな? なら、仕事の報酬として街まで到着したらコーヒーのチケットをキミにあげるというのはどうだい?」
「俄然やる気が湧いてきたかも」
名物のコーヒーが味わえる。それは仕事の報酬としては十分なものなのではないだろうか。
そう思い、気合を改めて入れていく。
「ははっ、それは嬉しいな。じゃあ、行こう! みんなにコーヒーを届ける為に!」
「了解っ」
そんな私を見て笑顔になった商人は奮起し、荷車を動かし始めた。
私もそんな商人を支える為に、しっかりと荷車を支えて、街へと向かっていくのであった。
街道はある程度整備されていたのもあって、街に到着するまでにそこまでトラブルはなかった。
しかし、やっぱり大量のコーヒー豆は重いもので、たどり着く頃にはクタクタになっていた。
「ふぅ、やっと到着かな」
「ありがとう、助かったよ」
街の門番さんに荷車の荷物を確認してもらい、その中身が街まで運ばれて行く。
これでお仕事は完了なのだろう。
ほっと一息つく私に、商人は改めて声をかけてきた。
「折角だから、僕から言おう。ようこそ、コーヒーの街へ」
門が開き、街の様子が見えてくる。
コーヒーの街。
その空気感はどこか落ち着いている印象を覚えさせる。
茶色のレンガの家が並び、ところどころには煙突がある。
街を歩いている人はスーツやドレスのようなものを着ている人が多く気品さを感じさせる。
コーヒーの街というのもあってか、全体的に大人びている。
「僕は街の中で手続きがあるけど、君はコーヒーの味を堪能してくれると嬉しい。ほら、これ」
商人に手渡されたチケットは、大きいサイズのコーヒーの交換用のものだった。
満足感を感じさせられそうだ。かなり嬉しい。
「ありがとうございます」
「労働の対価さ。キミもいい旅をしてくれよ!」
「そうするよ」
商人に手を振って別れ、街の中を探索していく。
ゆったりと歩きながら街の文化を知っていくのも旅の醍醐味だ。
「なぁ、今日の仕事の成果はどうだった?」
「イマイチだ。スモールサイズ一杯分くらいだ。だから今日のコーヒーは控え目さ」
「ハハッ、それは残念だ。まぁ、次に活かそうぜ」
「だな。じゃあ一緒に味わおう」
「そうしようか」
小さなカフェの隣を通ると自分の仕事の評価をコーヒーのサイズで量る人の姿があった。
スモールサイズ一杯分の仕事。量的にはあまりうまくいってなかったということなのだろう。
「いやぁ、今日はうまくできた! 完璧だった!」
「そのコーヒー……大仕事ができたんだな!」
「あったりー! いやぁ、ご褒美最高ですねぇ」
別のカフェでは若い男女が賑わいながら会話していた。
こっちは成功したみたいだ。
なるほど、大きな仕事ができたのなら、大きいサイズになるわけだ。
……そうなると、私が貰ったチケットには大きな評価が入っていることになる。
「コーヒーの街だからこそ、コーヒー豆の存在は重要だったのかな」
そう考えるとかなり重大な仕事だったのかもしれない。
それこそ、失敗したらコーヒーを買えなくなるとかはありそうだ。
「受け取ったチケットのコーヒー、しっかり味わって飲もう」
そう思いながら、私はチケットが使えるお店まで赴くことにした。
仕事の報酬の味を噛みしめる為に。
チケットのコーヒーが受け取れる場所。そこは静かな雰囲気のバーになっていた。
「お客さんですね。どうぞ、こちらへ」
私が入った瞬間、マスターが物静かな態度で案内してくれた。
その言葉に従って、私はカウンター席へと座る。
マスターは壮年の男性。顎に髭があり、スーツがびしっと決まっているのもあって熟練な印象を感じさせる。
「ご注文はいかがいたしましょうか」
「チケットでお願いします」
大きいサイズを注文できるチケットを手渡した瞬間、マスターが軽く微笑んだ。
「なるほど、大仕事をこなしたということですね」
「コーヒー豆の運搬を手伝ったんだ」
「そうでしたか、それは助かります。この街ではコーヒーが飲めない状況だと仕事のやる気がなくなってしまう方もいるので」
「街の法律的な?」
「それもありますが、生活規範みたいなものです。街の法はあくまで『苦みの強いコーヒーこそ至福であり、労働の対価である。心して味わうべし』というものですから」
静かに街の法律を話すマスター。
雰囲気的に、そこまで影響力がある法律ではないみたいだ。
マスターの言う通り、生活規範……リズムを整えたりする印象が強い。
「話が長くなりましたね。お好みのコーヒーの濃さ、そして冷たいか暖かいかについて教えてください。対応します」
「……思い浮かばないかも。ちょっと濃いめみたいな。温かいのでお願い」
「かしこまりました」
どんなコーヒーでも砂糖とミルクを入れてしまいがちだから、そういうものを気にしたことが一切なかった。
「では、種類については」
「詳しくないかも……なんだかすっきり飲めるのがいいかな」
「なるほど、こちらでブレンドさせていただきます」
だから、アバウトなお願いになってしまった。
そんな私に対してもマスターはうまく汲み取ってくれたみたいでコーヒー豆の分量を量り、お手製のコーヒーを用意していった。
コーヒー豆からしっかり作られたあったかいコーヒー。それがグラスに注がれて届けられる。
「ゆっくりとご堪能ください」
「わぁ……!」
香りをまずは確認する。
コーヒーらしい、独特な風味がある香り。冷たい季節にちょうどいい満足感が得られそうだ。
さて、飲んでいこう。
そう思い、コーヒーを味わおうとした時にふと気が付いた。
……砂糖がない。
そう、私はコーヒーは味わうけれども、味を調整することの方が多い。
砂糖、ミルク、そしてコーヒーみたいに調整することが多い。
しかし、ここには砂糖がない。理由はきっと明確。
『苦みの強いコーヒーこそ至福であり、労働の対価である。心して味わうべし』
そう、街の法だ。
きっと砂糖入れたコーヒーは法律的にはアウトなのだ。
だからこそ、ない。
覚悟を決めて飲もう。
頭の中の一瞬の躊躇を振り払い、私はコーヒーを味わうことにした。
じっくり、火傷しないように口に運ぶ。
「渋い味わい……!」
口に広がる苦みが強烈だ。
酸味がある、というべきなのだろうか。
かなりシャキッとする味わいで目が冴えそうだ。
美味しい、といっていいだろう。ただ、苦みがあると甘さも求めてしまいたくなる私はもどかしさも感じてしまう。
「この街でコーヒーを仕事の後に飲むことには二つの意味があったりします」
「気になるかも」
「まず一つ目。仕事後の娯楽を忘れない為です」
そう言葉にし、店の隅にある本棚に視線を誘導するマスター。
そこには漫画を含めた様々な形式の本が置かれていた。
「仕事だけの人生は寂しいものです。当然、仕事は大切ではありますが、日常を過ごす時間だってかけがえのないもの。コーヒーの眠気を覚ます成分で日常を楽しんでもらうのが私たちの使命だと思っています」
「お金は大切だけど、それだけのことを考えちゃうと疲れるからね。わかる気がする」
私も旅の資金が少なくなった時は色んな街で働いたりしているけれど、基本の優先順位は旅をすることだ。潰れないように、自分なりのペースで生きていることの方が多い。
自分を切り替えるきっかけとしての苦いコーヒー。それは文化としてなかなか面白く感じる。
「あともう一つは……ささやかなご褒美の為です」
そう言って机の上に皿を用意するマスター。
皿にはチョコレートのケーキが置かれている。
「ささやかなご褒美って、もしかして甘味のこと?」
「えぇ、そうです。苦いコーヒーに甘いものの組み合わせは素晴らしいものですから」
ゆったりとした仕草で私にケーキを渡すマスター。
微笑んで、私に提案する。
「是非、コーヒーを味わったのちに堪能してください。背徳的な味がしますよ」
「マスターがそれを言ってもいいの?」
「罪を犯しているわけではないので」
しかしながら、この組み合わせは強い。
そう思いながら私はコーヒーから味わう。
コクのあるコーヒーの風味はやはり強い。苦みが直に伝わってくる。
味わったのち、ケーキを口に運ぶ。
チョコレートの甘い食感が広がっていく。
「いいね、すっごくいい」
苦みで静まり返った口が甘さの衝撃を引き立たせる。
丁寧に、そしてしっかりと甘さが伝達していって疲れを吹き飛ばしてくれる。
なるほど、抜群の組み合わせだ。
「自分へのご褒美というのは、欠かせないものです。恐らく、この街に住む方々はみんなそう思っているでしょう」
「じゃあ、労働の対価のコーヒーにはおまけがあるってこと?」
「そうですね、クッキーにチョコレート……マシュマロなどを食べる人もいるくらいです」
「楽しみを引き立たせて、そしてメリハリをつける為のコーヒーなんだ」
「そうです。それぞれが街の法に基づき、生活規範を作っているのです」
「人が街の法と寄り添って生きてる……うん、そういうのいいよね」
法律が人を縛るのではなく、豊かな暮らしを案内する。
法律に従いながらも、自分らしく生きるすべを考えていく。
平和的な街の法律との向き合い方、こういう形はやっぱり好きだ。
コーヒーの街で過ごすゆったりとした時間。
事件もない、落ち着いた空気感がどこか心地よかった。
街から抜けて、新しい旅に出た私。
外に出る前に買ったコーヒーはまだあったかいまま。
「外に出たら流石に砂糖を入れてもよさそうだけど……」
今日はなんとなくやめておこう。
ずっとやらないというわけではないけれど、今日はまだコーヒーの街の気分だ。
「砂糖入りコーヒーの『罪』の味は、また今度。今は苦みと甘味を調整していきたいからね」
コーヒーの後にちゃっかり買ってきたシュガーラスクも味わっていく。
コーヒーには砂糖が入ってないけれど、砂糖は別のところで入れる。ちょっとずるい発想だ。
「文化の向き合い方、見つめるのはやっぱり楽しいな」
コーヒーは苦いもの。だからそれに合うようにデザートをしっかり用意していく。それが文化になってるのが面白い。
法律と文化は寄り添い合うもの。だから、これからも見つめていきたい。
「さて、次はどこに行こうか」
自由気ままに法律や文化を見つめて旅をする。
そんな私の、リベラ・マギアロアの旅路はこれからも続いていくのだ。




