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そうして旅人は自由に生きる~魔と法を巡る物語~  作者: 宿木ミル


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プロローグ

 私は時々、自由について考える。

 空を飛んでいる鳥、街を歩く人、そして私自身。

 みんな、自由に生きているのだろうか?


「今日は難しい顔をしているね。常連のリベラさん」


 街を繋ぐ街道にある『バリスタのバー』という小屋。

 そのカウンター席でくつろいでいるのが今の私だ。


「人生の問いかけっていつも難しくなるものだよ」

「なるほどね、確かに一理ある」


 バーのマスターが私の顔を見つめながらグラスを渡す。

 マスターの容姿は初老の男性といったところ。静かな雰囲気がベテランさを感じさせる。

 グラスの中には濃い色をしたコーヒーが注がれている。


「いい豆が入ったので、特製のコーヒーを用意したよ」

「どうも、マスター」


 特製のコーヒーと呼ばれたそれは、不思議な特別感を覚えさせる。

 専門の知識があるわけではないから、どこが凄いかはわからないけれども期待が膨らむのはいいことだ。


「して、何について考えていたのか聞いても?」

「シンプルな話題だね。自由について考えてた」


 コーヒーの香りを確認する。

 ……なかなかに苦そうだ。


「自由か……それは考えると止まらなそうだ」

「実際、私は考え込んでたってわけさ」


 カウンター席に用意してある角砂糖を投与。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。


「少なくとも僕は法が許す限りなら、基本的には何をしてもいいとは思うね」

「まぁ、私も同意見。だけど法に縛られて自由が限りなく失われてしまうのも悲しいって考えるけどね」


 私はこう思う。

 法律やルールといったものは人を幸福にするためにあるのであって、不幸にするために存在するものではないと。


「それはリベラさんが旅人だから考えることかい?」

「そうだね。リベラ・マギアロアという流浪の旅人だから感じたりすること」


 特製コーヒーにミルクも入れてかき混ぜる。

 うん、いい色になってきた。

 ゆったりと、砂糖いっぱいのあったかいコーヒーを味わう。


「落ち着く……」


 打ち消された苦みの中にすっと口いっぱいに広がる甘さが頭をすっきりさせる。

 私好みの味わいだ。流石に他人にこの砂糖の量はオススメしないけど、私はこの甘さが好きなのだ。


「特製コーヒーの苦みを完全に打ち消すような砂糖の入れ方をするのは、自由に生きている証拠かもしれないね」

「うっ、それはまぁ、私が苦いの駄目なだけで……」


 マスターに言葉でつっつかれる。

 これについてはどうしようもない。私は砂糖が大量に入ったコーヒーが好きなのだ。コーヒーにはつい甘味を加えたくなる。


「そう言われると思ってたよ。はい、スモールサイズの特製コーヒー。砂糖抜きで飲んでくれるかい? こちらの会計は無料でいいよ。僕のサービスさ」

「……そこまで言われたら、挑戦しないわけにはいかないね。そっちもいただきます」


 その言葉には強かな態度があった。

 コーヒーそのものの味を楽しんでもらいたい、という意識を感じる。

 反抗する理由もないので、私はゆっくりと頷いた。

 苦いのは苦手だけれども受け取ったサービスを無下にするのは私にはできない。


「では……」


 少しだけ緊張しながらコーヒーを口にする。

 口全体に広がる独特の味わい。


「うっ、苦い」


 口が曲がりそうだ。ずっしり来る苦さが眠気眼によく効きそうな印象も受ける。

 それでも、苦さの中にどこか高級さを感じさせる風味もある。

 なるほど、砂糖がない時はここまで苦いのか。勉強になった。


「自由というのは選択だと僕は思うよ」


 口直しに甘いコーヒーを飲む私を見つめながらマスターがゆったりと話す。


「選択?」

「リベラくんが苦いコーヒーに対してどうするかは君自身が選べた。そして、僕が特製コーヒーを追加で出すかどうかも自分で選んだ」

「……なら、あそこで騒いでいる人も騒ぐことを選んだってことになるのかな?」


 自由とは選択である。その発想はかなり確信を付いている気がする。

 そう思いながら、バーで騒いでいる人を遠くから見つめる。


「苦い! 苦すぎる! こいつはやべぇ! すっげぇ苦い!」

「ぐえええ、死にそうな苦さだ、こんなの飲むなんて信じられねぇ!」


 そう言う若い男二人。そこまで悪い人ではなさそうだ。

 ただ、なんていうか、バーの空気には合わないような態度ではある。

 そんな彼らに対して、マスターは立ち上がり、静かに唱えた。


「やれやれ……『バーの中て規則に従い礼儀を弁えるように。この法が破られたとき、罪人は弓矢に射ち貫かれる』という法を忘れたわけではないでしょうに」


 そう言葉にした瞬間に、マスターの背後に大きなバリスタが現れる。バリスタといっても店員ではない。正真正銘の弓のバリスタだ。


「反省してもらいますよ、お二人方。発射!」


 バリスタから発射される巨大な弓矢。

 それが二人の男に直撃する。


「ま、待て! こんなのなしだろぉ!?」

「また封印されるのかよぉ!?」


 矢に刺さった男性は痛みを感じることもなく、瞬間移動する。

 バーの片隅にある反省室まで転送されたのち、彼らに刺さった矢は消滅した。

 ……そう、これはこのバーにおいては『普通』のことだ。


「まったく……『法律』があったとしてもこういうことがあるんだから不思議だ」

「法があったとしても人の意志が変わるわけじゃないからね」


 私たちが生きている世界にはそれぞれ『法律』が存在する。

 街や空間ごとに違う『法律』があって、それぞれ異なる法の下に生きている。

 『法律』を破った人に対する処罰も街それぞれで異なっていて、このバーにおいては封印という形で定められている。


「リベラくんは、どうして旅をしているのかい?」

「そんなの決まってるよ」


 マスターに微笑んで応じ、今の私なりの返答を返す。


「自由気ままに知らないことを知るっていうのは楽しいからだよ」


 まだ知らない街の『法律』がある。

 未知の文化だって存在する。

 感情のままに、自由に、私らしく世界を見つめてみたい。

 それが旅をする理由だ。


「コーヒー、いい味だったよ。今度また味わってみようかな」


 立ち上がり、会計を済ませる。

 なんだか頭もすっきりした。


「ありがとう、リベラくん。また来る日を楽しみにしてるよ」

「気が向いたらまた行くよ。じゃあ」

「ありがとうございました」


 バーを出て、外の空気を浴びる。

 夕暮れ時の風は心地よく、爽やかな気持ちにさせてくれる。


「さて」


 黒いコートを持ち上げて少し服装を整える。

 風に揺られてコートの下の青いロングスカートが少し持ち上がる。

 今日も天気は良好。のんびりと旅していけそうだ。


「今日はどこに行こうか」


 魔法によって成り立つ不思議な法律が多いこの世界で、私、リベラ・マギアロアは今日も自由に生きるのだ。

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