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支配の輪郭  作者: gp真白
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信仰という鎖と、無駄な美しさ




信仰の街の静謐

鍛冶屋の街から数日後、三人は、「純粋なる恩寵の街」と呼ばれる静謐な場所にたどり着いた。街は、巨大な「至高の教団」が支配しており、街のすべての市民が、教団の教義と、教祖の言葉に絶対的な服従を示していた。


「この街は、金や力だけでは支配されていない」


ライナスが、静かに祈りを捧げる人々の姿を見つめながら言った。


「ここは、信仰という名の、最も強固で甘美な鎖で結ばれている。彼らは自ら進んで、支配の輪の中に入っているんだ」


ジークは理解に苦しんだ。貧しい村の飢餓や、鍛冶屋の街の不当な交換は目に見える苦痛だったが、この街の人々の顔には、穏やかな満足感が浮かんでいた。


「彼らは、苦痛を感じていない。なぜだ?教団は、彼らに何を施している?」

ジークが尋ねた。


「教団が施しているのは、『答え』だ」

ライナスが答えた。


「この世界の理不尽さ、君が考える支配と被支配の悪循環。それらすべてに対する完璧な答えを教団が与える。答えを得た彼らにとって、金や労働の交換レートなど、些細な問題にすぎない。彼らの新しい価値は、教祖の言葉、すなわち信仰なんだ」


ルイーダは腕を組み、冷ややかな視線を教団の聖堂に向けた。


「絶望から目を背けるための麻薬ね。彼らは、思考の自由を対価として払っているのよ」


「無駄な美しさ」の提示

ジークは、教団の施しが、バルカスの支配よりも狡猾な新しい鎖だと感じた。信仰という見えない価値を交換することで、彼らは「考える」という時間を奪われている。


「俺は、この街で、思考を縛らない価値を生み出す」


ジークはそう決意し、街の中心にある広場、教団の説教台の近くに陣取った。彼はそこで、老鍛冶師にもらった小刀を取り出し、その手先の器用さを活かして、誰も見たことのない細工を始めた。

彼の細工は、路地裏で磨いたスリの技術の結晶だった。木や金属の切れ端を驚くべき速さで加工し、複雑な幾何学模様や、光の加減で色が変わる錯視的な装飾品を作り上げていく。それは、何の役にも立たないが、ただ美しいだけのものだった。


人々は、説教を聞くために集まっていたが、次第にジークの周りに人だかりができ始めた。教団の教義には、こんな「無駄な美しさ」についての記述はない。彼らは、一瞬、立ち止まって考え始めた。


「これは何だ?何の対価になる?」一人の信者が尋ねた。


ジークは答えた。「何の対価にもならない。ただ、君の目を一瞬、教祖様ではない別のものに向ける価値がある」


信仰の天秤と、自由な時間

ジークの行動は、すぐに教団の注意を引いた。一人の聖職者が、説教台から降りてきて、ジークの前に立った。


「少年よ、あなたのその細工は、不必要な欲望を生み出す。真の価値は、教祖様の言葉と、永遠の恩寵にある。あなたの細工は、一つのパンにも満たない無価値なものだ」


聖職者は、ジークの細工を「無価値」という支配の天秤に乗せ、重さを決めつけようとした。


その時、ジークの前に一人の少女が飛び出した。彼女は、教団から与えられた粗末な食事(教祖の言葉の対価としての施し)を手にしていた。


「私、これが欲しい!」少女は、ジークが作った小さな鳥の木彫りを指さした。「これ、このパンと交換できない?」


少女にとって、「教団が与えた食事」という絶対的な価値よりも、「ジークが生み出した一瞬の美しさ」という無駄な価値の方が上回ったのだ。


「交換はしない」ジークはきっぱりと言った。


「これは施しでも、交換の道具でもない。見せるための価値だ。もし、本当にこれが欲しければ、君の明日一日の自由な時間を、俺に見せてくれ。教団に祈りを捧げない、君だけの自由な時間を」


輪郭の外の抵抗

聖職者は激怒した。彼らは、金や物資よりも、人々の「時間」、すなわち信仰を捧げるための時間を支配していたからだ。


「無礼者!人々が教団に捧げる時間を奪うとは!」


「俺は奪っていない」


ジークは、毅然とした態度で言った。


「俺は、彼女の自由な時間という、教団が価値を無視しているものを対価として要求している。俺の細工は、彼女の信仰を揺るがすかもしれない、『考える』という時間を生み出すための道具だ」


ライナスが静かに聖職者に近づいた。「君たちは、人々の思考を支配することで、新しい鎖を作った。だが、ジークが生み出した価値は、君たちの信仰の天秤に乗らない。なぜなら、それは『無駄』という、君たちが最も軽蔑する領域から生まれたからだ」


ライナスが、聖職者の胸元に手を触れた瞬間、教団の者たちの顔が恐怖と動揺に歪んだ。彼らは、ライナスの背後に潜む、時間を超えた力を本能的に感じ取ったのだ。


ジークは、少女の頭を撫でた。

「明日、俺のところへ来い。お前の自由な時間を使って、この細工の続きを一緒に作ろう」


教団の街を後にするジークの心は、バルカスとの対決の時とは違った。新しい鎖を完全に作らず、「無駄」という名の避難所を人々の心の中に一時的に作る。それが、支配の輪郭の外を目指す、現在のジークにできる、最も洗練された抵抗だと彼は悟ったのだった。


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