新しい対価と、見えない税
鍛冶屋の街
三人は、山脈の手前にある「鉄の門」と呼ばれる街にたどり着いた。ここは、近くの鉱山から産出される鉄を加工する、鍛冶屋が中心の街だ。街には貧しさはあるものの、前衛の村のような絶望的な飢餓は見られず、人々は忙しなく作業に打ち込んでいた。
「この街は、支配の鎖が少し違う形で機能している」ライナスが、古い石畳を歩きながら言った。
「彼らは、自分の価値(労働力)を対価として交換している。だが、その交換の比率が、支配によって歪められている」
「交換の比率?」ジークは辺りを見回した。
「彼らが一日汗水流して打った鉄の剣一本が、どれだけのパンと交換できるか。その比率を決めているのは、街の中心にいる領主、つまり支配者だ。労働者は、知らず知らずのうちに、その比率の中に見えない税を支払っている」
価値の交換、そして試練
ジークの布袋の中には、ルイーダから借りた保存食が残っていた。しかし、飢えを満たすためだけにそれを使うのは、施しに頼る過去の自分に戻るようで嫌だった。
「俺は、ここで何か対価になるものを生み出す」
ジークはそう宣言し、街外れの小さな作業場を構える、寡黙な老鍛冶師に声をかけた。
「あの、手伝わせてくれませんか?その代わり、一日分の飯をください」
老鍛冶師は、ジークを値踏みするように一瞥した。
「少年、お前は何ができる。飯の対価になるものを示せ」
ジークは、これまで培ってきた唯一の技術、盗みや隠密行動で磨いた「手先の器用さ」を思い出した。
「力仕事はできませんが、細かい作業なら誰にも負けません。道具の手入れや、屑鉄の中から使える素材をより分ける作業なら、誰よりも早く正確にできます」
老鍛冶師は興味を示した。「やってみろ。今日の日の入りまで。もし満足いく働きだったら、飯と、もう一つ、俺が作った刃を一本くれてやる」
「新しい価値」の小さな提示
ジークは必死に働いた。老鍛冶師は道具の手入れをさせた。ジークは錆びた道具を、磨き上げ、油を差し、完璧に整えた。彼の繊細な指の動きは、長年のスリの経験で驚くほど精密になっていた。
夕方、老鍛冶師はジークが手入れした道具を見つめた。
「完璧だ。こんなに道具を大切に扱う者は、この街では珍しい。お前の仕事は、単なる手伝いじゃない。道具という価値の寿命を延ばす、新しい価値を生み出した」
老鍛冶師は約束通り、ジークに温かいシチューとパンを与えた。そして、彼の顔に刻まれたしわを深めて言った。
「感謝するぞ、少年。そして、約束の対価だ」
老鍛冶師がジークに渡したのは、美しい小刀だった。それは、これまでジークが握ってきた錆びたナイフとは比べ物にならない、鋼の意志を宿したような輝きを放っていた。
施しと対価の境界
その夜、ライナスは焚き火の前で、ジークの小刀を眺めながら言った。
「その小刀は、施しじゃない。君の技術という価値と、老鍛冶師の労働という価値が、等しく交換された結果だ。支配の鎖の循環は起きていない。これは、君が支配の輪郭の外で初めて生み出した、君だけの価値の証拠だ」
ジークは、心から安堵した。自分が誰かを支配せず、また誰かに縋らずに、この世界に居場所を作れた。
「だが、これで終わりじゃない」
ライナスは続けた。
「老鍛冶師も、君の仕事に感謝した。しかし、彼が君に与えた食料と小刀は、彼がどれだけ過酷な『見えない税』を支払っているかによって、その価値の重みが決まる」
ライナスは、懐から小さな紙片を取り出し、地面に広げた。それは、この街の領主が発行したらしい、物資の交換レートが記された表だった。
「見てごらん。老鍛冶師は、君に小刀と食事を与えるために、本来なら剣二本分に相当する労力を失った。彼の価値は、この領主の『交換のルール』によって、不当に安く抑えられている」
ライナスの瞳が、遠くの街の中心を見据えた。
「支配の輪郭から抜け出すことは、支配者になることでも、奴隷になることでもない。それは、不当な交換ルールを無視し、自分自身の交換レートを世界に提示することだ。次の旅では、この不当な交換を強いる支配者の存在に、君は直面することになるだろう」
ジークは、自分の手の中の美しい小刀と、ライナスが広げた不当な交換レートの表を交互に見た。彼の小さな勝利の喜びは、再び、世界に張り巡らされた見えない鎖の存在によって、複雑な覚悟へと変わっていった。




