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支配の輪郭  作者: gp真白
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空腹の真理と、支配の輪郭






料理という「新しい価値」

ライナスの小さな野営地は、町の喧騒から少し離れた森の端にあった。


焚き火の火がパチパチと音を立てる。ルイーダが作る料理は、豪華さとは無縁だったが、豊かな香りを放っていた。肉の塊と数種類の根菜を煮込んだシンプルなシチュー。ジークがこれまで縋ってきた、誰かの残飯とは、匂いからして違った。


ルイーダが木の皿を差し出した。

「さあ、ジーク。遠慮せず食べなさい。」


ジークは警戒しながらも、一口食べた。熱いシチューが喉を通り過ぎる。


「……うまい」


思わず声に出た。それは、空腹を満たす以上の、純粋な喜びだった。


ルイーダは笑った。「私の新しい価値の一つよ。このシチューの味は、誰かの金で買えるものじゃない。レシピと、火を起こす知恵と、この肉を仕留めた力、そしてそれを惜しみなく提供する私の意志で出来ている」


ジークは尋ねた。

「つまり、誰にも支配されないってことか?」


ライナスが焚き火を眺めながら答える。


「支配されないんじゃない。価値を自ら生み出している、ということだ。君がこれまで頼ってきた『おこぼれ』は、誰かの価値の残り滓だ。それは常に施す側の意図に支配されている。だが、このシチューは違う。君が今味わっているのはルイーダという人間が世界に提示した彼女だけの完成された価値だ」


ジークは皿の中のシチューを睨みつけた。自分が追い求めてきた金や力ではなく、ただの温かい食事に、これほど深遠な意味があるとは。


英雄の最初の教え

食後、ライナスは一本の木の枝を拾い上げ、地面に線を引き始めた。


「君は、世界を『支配する側』と『される側』の二つに分けて見た。それは間違っちゃいない。だが、視点が低い」


ライナスが地面に描いたのは、同心円の図だった。


「これが世界だ。中心にいるのは、金と知恵と力、そのすべてを掌握した絶対的な支配者。そして、君はいつもこの最外縁で、中心から流れてくる『おこぼれ』を待っていた」


ジークは唇を噛んだ。図の通りだ。自分はいつも世界の端で、卑しく生きている。


「君は中心に立って、誰かを支配したいと願った。だが、君を撃退した時の僕の動きを思い出せ。君は力で僕を支配しようとし、僕は君の動きを読む知恵で君の暴力を無力化した。その瞬間、僕が君を支配したと言える。しかし、僕の目的は君を奴隷にすることじゃない」


ライナスは、中心の円から外れた場所に、小さな孤立した点を描いた。


「この孤立点。これこそが、僕が君に教えたい『新しい価値』の領域だ。支配のルールが通用しない、予測不可能な、君だけの場所。新しい価値を付けるということは、支配の循環から抜け出し、世界に新しいルールを提示することだ」


ジークは目を丸くした。「新しいルール……?」

「その通り」ライナスは枝を置いた。「支配の輪に囚われるな。支配の輪郭りんかくの外側を見ろ。そして、その外側に、君自身の居場所を作り出せ。その最初の一歩として、君はまず、世界がどう動いているかを知らなければならない。旅をしよう。僕の呪いを解くための旅だ。そして、君は世界から、支配の多様な形、そして新しい価値のヒントを盗むんだ」


格闘家ルイーダの警告


夜が深まり、ルイーダが寝床を用意しながら、ジークに声をかけた。


「ライナスは夢のある話をする。だが、私は現実を生きている格闘家よ。支配の輪郭の外に出るなんて、生やさしい話じゃない」


ルイーダの表情は真剣だった。


「旅に出れば、必ず貧困な人々に出会う。彼らは助けを求めてくるだろう。貴方がかつて縋ったようにね。貴方が彼らに手を差し伸べるのは勝手だけど、忘れないで」


彼女は焚き火の炎を見つめ、静かに、だが重い言葉を口にした。


「それをしたところで、貴方が今やってるのは、貴方が最も嫌う『やらせる側とやる側の理不尽な欲望の循環』に、貴方自身が自ら足を運ぶ事と変わらないわ。貴方が彼らに施しを与えれば、貴方が彼らの新しい支配者になるだけよ」


ジークは全身に冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。


「この人達は何か悪い事をしたのかよ!どうしたらみんな平和に暮らせるんだよ!」


ジークの叫びは、夜の森に虚しく響いた。


ルイーダはため息をついた。


「平和など存在しないさ。どちらかと言うと、戦争がある方が、みんな懐が良くなるんじゃないかな。支配者層は儲け、下の者には一時的な仕事が回る。平穏な時よりはマシ。人間にとって真に耐えがたいのは、安定した支配ではなく、『誰も支配できない』という不安定な不確実性なのよ」


彼女はジークの肩に手を置いた。「まぁ、焦るんじゃない。すぐに答えなんて見つからない。もう少し見て回ろうよ。支配の理不尽さの先に、貴方の新しい価値を見つけられるかもしれない。」


ジークは、空っぽの財布と同じく、空っぽのままの世界観を突きつけられていた。自分の正義も、理想も、すべては誰かの支配の片棒を担ぐことと変わらない。


彼はその夜、眠れなかった。支配の鎖は、思っていたよりも深く、彼の魂にまで食い込んでいた。

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