最終回:光の粒子と、無限の哀しみの継承
最後の「交換」と、哀しみの昇華
ライナスが震える手でジークから「路地裏の自分自身の像」を受け取った瞬間、像は微かに熱を帯びた。それは、ライナスの存在そのものに絡みついていた、世界全体の時間から切り離された「無限の時間の残滓」を吸い込んでいる証拠だった。
「これが、僕の本当の終わりだ」
ライナスは像を胸に抱きしめた。彼の顔には、安堵と、失っていた愛と哀しみが複雑に浮かんでいた。彼は、呪いを解くために、有限な命を選ぶのではなく、存在の消滅を選んだ。無限の時間が世界に影響を及ぼすことを、最後まで恐れたのだ。
彼の体から、静かに光が溢れ始めた。それは、星屑のように細かく、白く輝く粒子だった。
「無限の時間は、有限な創造によって封じ込められた。だが、時を超えた僕の存在そのものは、この世界に残ってはいけない。それが、呪いの最後の対価だ」
ライナスは、光の粒子となりながら、ジークを見つめた。
「ジーク。君は、僕に有限な生の重みを教えてくれた。君がくれた新しい価値は、永遠に僕の心に残る、最初で最後の『愛の証明』だ」
そして、最後に、ライナスはルイーダの目を、初めて一人の女性として、そして愛する妻の子孫として、深く見つめた。
「ルイーダ……君の家系に、世代を超えて重荷を負わせたこと、本当にすまない。君の強さは、君の祖母の愛が残した、最も美しい鎖だ。その強さは、永遠に必要だ」
光の粒子は勢いを増し、ライナスの体が次第に透けていく。一瞬の閃光の後、ライナスの存在は、完全に光の粒子となって荒涼とした「始まりの廃墟」の空へと昇華し、風と共に消え去った。
ルイーダの涙と、呪いの連鎖の完了
沈黙が支配した。
ルイーダは、これまで見たことのない、完全に虚ろな表情で空を見上げていた。彼女の強さ、彼女のリアリズム、そして世代を超えた義務のすべてが、今、無力感に包まれていた。彼女は、消滅という絶対的な「終点」と、祖父(正確には曾祖父)の消滅という悲劇的な愛の連鎖に、抗えなかった。
彼女の顔に、一筋の光が当たった。それは、ライナスが最後に残した粒子のかけらだったのかもしれない。
「……おじいちゃん」
ルイーダの口から漏れたのは、何十年分の時と義務を超えた、純粋な哀しみだった。彼女は、ゆっくりと膝をつき、両手で顔を覆った。彼女の強靭な背中が、小刻みに震え始める。
「私は……貴方を時の鎖から解き放つために生きてきた。でも、貴方を救うことが、こんなに……哀しい対価になるなんて」
ルイーダの指の間から、熱い雫が溢れ出した。それは、彼女が愛という鎖を否定しながらも、その家族愛と義務という重さを感じていた、最初で最後の涙だった。呪いの連鎖は、ライナスの消滅と、ルイーダの解放されない哀しみによって、完全に完了したのだ。
ジークの回想と、新しい価値の証明
ジークは、ルイーダの隣に立ち尽くしていた。彼の手に残されたのは、ライナスが最後に抱きしめた「路地裏の自分自身の像」だけだ。
ジークは、その像を見つめながら、これまでの旅を反芻する。ライナスの言葉、ルイーダの真実。すべての旅は、「愛という名の支配」と、それに対抗する「誰にも頼らずに生き抜く愛」を見つけるためのものだった。
彼は悟った。ライナスは消滅することで、ルイーダの家系に課せられた「時の監視者」という支配の鎖を、ついに断ち切ったのだ。
鎖の外側へ — 新しい愛の誕生
ジークは、泣き崩れるルイーダに、そっと手を差し伸べた。彼の声には、自ら創造した価値に裏打ちされた、確かな意志が宿っていた。
「ルイーダ。ライナスは、僕に『誰にも頼らずに生き抜く愛』を教えてくれた。でも、最後に、彼は君という『有限な存在』に、救済と感謝という『人間的な愛の証明』を託した」
ジークは、ルイーダの手を強く握り返した。
「彼は消えた。だが、僕たちの中に残されたのは、無限の哀しみだけじゃない。僕が作ったこの像は、もう呪いの対価じゃない。これは、君の祖母の希望と、ライナスの自己犠牲の連鎖を断ち切るための、僕たちの新しい『有限な創造』の証だ」
ルイーダは顔を上げ、涙で濡れた瞳に再び強靭な光を戻した。彼女の涙は、一時の支配の感情ではなく、無限の愛と、有限な命への哀惜という、人間的な価値に変わっていた。
「そうね。彼は消えたわ。でも、彼の残した悲しみの重さが、私が追求すべき『強さ』の価値を、より深いものに変えた。私は、もう泣かない。支配の鎖の理不尽さを、この拳で叩き壊し続ける」
光の粒子は完全に消えた。二人は立ち上がり、背後の「始まりの廃墟」には目をくれず、新しい旅の道を選んだ。
彼らの旅は終わった。そして、誰にも支配されない、二人の新しい生が、今、始まった。
完結




