愛の鎖と、有限な創造の真実
呪いの起源、始まりの廃墟へ
絶望の街を後にした三人は、ライナスの呪いがかけられた、「始まりの廃墟」と呼ばれる荒涼とした地に到着した。街の全てが崩れ落ち、瓦礫と風の音だけが響くその場所は、過去の希望と絶望が等しく風化した跡だった。
ライナスは崩れた石壁に触れ、深い悲しみに瞳を閉じた。
「僕の最後の感情、『愛』の欠片はここにある」
ライナスは言った。
「愛とは、最も甘美で、最も強固な支配の鎖だ。人は愛する者のために、自らの価値、意志、そして有限な命さえも、進んで対価として差し出す」
ルイーダは、これまでになく静かだった。彼女は、ライナスの背後から、彼と廃墟のすべてを見据えていた。
ルイーダの告白:無限の時の連鎖
廃墟の中心、魔術師の作業場跡の手前で、ルイーダは立ち止まった。
「ライナス。貴方が話すべきなのは、『愛の鎖』の起源だけじゃないわ」
ルイーダは、感情のない平坦な声で、衝撃的な真実を告げた。
「貴方が『英雄』となるために無限の時間を受け取った時、貴方の愛した魔女、そしてその周りの時間は、どうなったか知っている?」
ライナスの顔に、無限の時間を生きて以来初めての「恐怖」が走った。
「彼女の家系は、僕の無限の時間を監視し、僕が暴走しないよう導く『時の鎖』として、呪いと共に生きる契約を交わした。」
ルイーダは、静かに一歩前に出た。
「ライナス、貴方が愛した魔女は貴方の妻だった。そして私は、その魔女の子孫だ」
ジークは息を呑んだ。ルイーダがライナスを「子供」のように扱い、彼の哲学を常に現実的な錨として引き戻してきた理由。彼女の持つ異様な「強さ」と達観した冷静さ。すべてが、この無限の時の連鎖という真実で繋がった。
ライナスは、崩れるように膝をついた。
「嘘だ。僕が愛した……君たちの祖母は、僕が無限の時間を得た後、すぐに老いて……」
「ええ。貴方は無限の時間を得た。でもそれで終わらなかった。魔女は貴方との子供をお腹に残して旅するのは危険と判断した。自らその土地の人に頼んで貴方が英雄になる前に産まれた子供を里子として出したの。貴方の知らない場所で貴方が呪われた時間を過ごすちょっと前の話だけどね。私が貴方の旅に加わったのは、ただの偶然じゃない。私は、貴方を『支配の鎖』から解放し、有限の存在に戻すという、家系の最後の義務を果たすために来た。」
魔女の最後のメッセージと夫の絶望
ルイーダの告白が静まった後、魔女の作業場跡の石板が光を放った。それは、夫の悲劇的な選択に対する、妻の最後のメッセージだった。
「私の愛は、あなたを英雄という名の支配の鎖に繋いだ。それは間違いだった。この呪いを解くには、誰かを救うためではない、誰の価値にも左右されない、あなた自身の『純粋に有限な、たった一つの行為』が必要。あなたを愛した、その証を、私が残した場所で見つけて」
ライナスは、妻(魔女)の愛が、自分自身を「英雄という名の支配の鎖」に繋ぎ、その子孫にまで「時の監視者」という鎖をかけたという、究極の絶望に打ちのめされた。彼の無限の生は、妻の希望という名の鎖が生んだ、悲劇的な支配だったのだ。
「無償の創造」—愛の鎖の切断
ジークは、混乱を乗り越え、魔女のメッセージを読み解いた。ライナスとルイーダの間にあったのは、師弟関係や友情ではなく、無限の時によって歪められた家族の鎖だった。
ジークは、ライナスとルイーダのどちらにも頼らず、作業場跡の隅にあった粘土の塊を見つけ、小刀を取り出した。
「ライナス、ルイーダ。貴方達の愛は、互いを救おうとする『希望』から、『世代を超えた支配の鎖』になった。だから、その鎖は、俺の『無償の創造』で断ち切るしかない」
ジークは、粘土の塊から、路地裏で孤独に乾いたパンを齧る、誰にも頼らずに生き抜く自分自身の像を削り出した。
「そしてこれが、俺の『新しい価値』の完成形だ。誰にも支配されない、たった一つの創造。それは、誰かのために死ぬ愛ではなく、誰にも頼らずに生き抜く愛だ!」
ジークが像を完成させた瞬間、ライナスの胸に、これまでで最も強烈な感情の波が押し寄せた。それは、妻と、孫の世代への無限の哀しみと、彼自身の孤独な生への『哀しみ』が混ざり合った、人間的な感情の全てだった。
「…ああ」ライナスは、崩れるように膝をついた。
その涙は、無限の存在が、有限な生の重みを初めて感じた、愛という名の救済だった。
「ジーク…君は、僕の無限の存在を、『たった一つの完成された創造』という有限の価値の中に、封じ込めた…」
ライナスの体から、微かな光が溢れ出し、呪いの鎖が音を立てて砕け散った。
英雄の呪いは解け始めた。




