希望の鎖と、絶望を燃やす灯
絶望の街の「灯」
三人がたどり着いたのは、「絶望の街」。しかし、その名に反して、街は無理やり塗り固められたかのように不自然なほど明るく、活気に満ちていた。街の至るところには、虹色の旗が掲げられ、人々は互いに励まし合い、未来を語り合っていた。
「この街は、かつては本当の絶望に支配されていた」
ライナスは、人々が掲げる旗を見つめた。
「だが、一人の指導者が現れ、人々に『根拠のない希望』という名の価値を与えた。その希望の対価として、彼らは、指導者の絶対的な支配を受け入れた」
「希望が鎖になるのか?」
ジークは戸惑った。貧しい村の絶望とは、あまりにもかけ離れた光景だった。
ルイーダが解説する。
「この希望は、『思考の停止』によって維持されている。未来は必ず良くなる、と信じ込ませることで、人々は現状の不当な支配を無視できる。絶望に立ち向かう力(価値)ではなく、絶望から目を背けるための麻薬なのよ」
人々が掲げる希望の旗は、よく見ると、中央に指導者の顔が描かれており、個人への絶対的な依存を示していた。これは、信仰の街よりも巧妙な、自己欺瞞による究極の支配だった。
失われた希望の残響
ライナスは、かつて自身が人間的な感情を失う前の最後の拠り所とした、街の古い集会所に入った。その瞬間、ジークの胸に、かつてないほどの明るい、しかし空虚な熱意が流れ込んできた。
「これが、僕が失った『希望』の残響だ」
ライナスは、戸惑いと、どこか懐かしさが入り混じった表情を浮かべた。
「僕は、英雄となることで、この絶望の街を救えるという希望を信じた。その希望こそが、僕が無限の時間を求める呪いをかけた、最初の動機だ」
その時、集会所に集まっていた市民たちが、一斉にライナスを見た。彼らは、ライナスの静かな傍観者としての空気が、自分たちの熱狂的な希望と異質であることに気づき、警戒し始めた。
指導者、セリウスが壇上に現れた。彼はカリスマ的な笑顔で、ライナスとジークに向かって手を広げた。
「旅の方々。ここにいる人々は、未来への希望で満ちています。あなた方の絶望的な視線は、私たちの価値を汚します。ここは、希望を信じる者だけが居場所を得られる街です」
セリウスは、「絶望」という感情を「異端」として定義し、それを持つ者を支配の輪から排除しようとした。
絶望の火種という価値
「俺は、お前の希望は信じない」ジークは、セリウスをまっすぐ見据えて言った。「お前の希望は、目を閉じるための鎖だ」
ジークは、自分の心の奥底にある「路地裏での絶望」を呼び覚ました。それは、金も力もない自分に対する、徹底した否定の感情だった。
「俺は絶望を知っている!絶望は、お前の言うような汚いものじゃない!絶望は、『今が最低だ』という真実を教えてくれる、最初の価値だ!」
ジークは、自身の絶望を隠さず、人々の前に提示した。
「絶望があるからこそ、人は支配の鎖が不当であることに気づく!絶望は、おこぼれを待つんじゃなく、自ら新しい価値を生み出すための、最も純粋な火種なんだ!」
ジークは、老鍛冶師にもらった小刀を取り出した。
「お前たちが信じるのは、指導者が与える幻想の光だけだ。だが、俺が作った価値は、絶望という暗闇の中でなければ、その輝きが見えない!絶望は、希望の支配から抜け出すための『必要な価値』なんだ!」
ジークは、「絶望」という感情を、支配の理由ではなく、「抗いの理由」として再定義した。
呪いへの究極の共鳴
ジークの言葉が響いた瞬間、集会所に集まっていた人々の顔から、一瞬、空虚な熱狂が消え、冷たい現実を突きつけられたような表情が浮かんだ。セリウスの希望の鎖が、一瞬だけ緩んだことを示していた。
ライナスは、強く目をつむった。彼の胸の奥に、何十年の時を超えて刃が突き刺さるような強烈な痛みが走った。
「…これは、僕が失った『希望の裏側にある絶望』だ。自分が信じた希望が、誰かを救うどころか、新しい支配の鎖を作った時の、強烈な自己否定の感情だ…」
ライナスの顔に浮かんだその苦痛は、彼が「無限の時間」を呪うことになった、最初の動機と痛みそのものだった。ジークが創造した「絶望の火種」という新しい価値は、ライナスの呪いの核となる感情にまで到達し、呪いを解くための対価が、ついに完成に近づいた瞬間だった。




