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婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

作者: 夕景あき

 7歳のあの日、たった一言で、俺の人生は決定的に歪んだ。


「母上が今夜お会いする騎士様が、僕の本当のお父さんなんですか」

 

 高熱を出した7歳の夜から急に聞こえるようになった母上の心の声が、外面と全く違うことに混乱し朦朧としながらも、つい口に出してしまった。

 その瞬間、母上の心の奥から、冷たい憎悪の「声」が響いた。


「(この秘密が露見すれば、私の地位は崩壊する。この子は、危険だ)」

 

 母の外面は一瞬で崩れ、母は衝動のままに病み上がりでフラフラしていた俺を暖炉へ突き飛ばした。火傷の熱は、一瞬ののち、猛烈な痛みとなって右半身を襲ったが、俺を打ちのめしたのは、その痛みよりも母親が保身のために俺を切り捨てるという、無慈悲な現実だった。

 この出来事は側仕えから国王に報告され、第三王妃である母は不貞と虐待の罪で、王宮の奥に幽閉され、二度と会えなくなった。

 俺の出自は母の不貞によって疑われたが、王族特有の金髪金目という外見的特徴によって、その疑いは一応は晴らされていた。

 俺が心の声を聞いてしまったせいで、母は目の前からいなくなってしまった。この事件を経て、俺は心の声が聞こえることを、誰にも二度と口にしないことにした。

 火傷の治療中も、医師や側仕えの『(醜い傷跡だ)』という心の声が絶え間なく聞こえていた。右半身の火傷の後遺症と、母に殺されそうになるトラウマに苦しむ日々が続いた。俺は自分こそが世界で最も不幸な存在だと嘆き、周囲の人の心の雑音に耐えられず、自室に引きこもった。昼夜の区別なく、ただ静かな闇の中に身を潜め、死に焦がれるほどに孤独を深めた。一年が経過しても、その生活は変わらなかった。そんな暗闇に囚われていた俺に、手を差し伸べたのが、八歳年上の異母兄である第一王子だった。

 ある日、自室の扉が静かに開いた。そこに立っていたのは、留学から戻ってきたばかりの第一王子だった。

 兄上は、火傷を負ってから一年、誰とも会話を拒否してきた俺の前に、静かに座った。


「カイル。君が、誰にも理解されない痛みを抱え、深く孤立しているのは分かっているつもりだ。周囲の心ない噂や言葉が、君の心をどれほど深く傷つけているか――その痛みはずっと深く痛むものだろうな⋯ただ、君がもし、もう一度誰かを信じたいと思った時、頼れる人間でありたい。君の心の壁が、いつか少しでも低くなることを待っている」

 

 兄上は、決して軽々しい同情の言葉を口にしなかった。その姿勢は、飾り気がなく、ひたすらに真摯で、俺の孤独を真正面から受け止めていることが伝わってきた。兄上の心の声は、外面の言葉と同じ、「(カイルの苦痛を和らげたい)」という純粋な願いだった。俺は、その無骨な優しさに、初めて安らぎを感じた。

 それから毎日兄上は、時間を見つけては通ってきて、心からの心配と温かい言葉をくれた。実の父親であるはずの国王にも母親にも見捨てられた俺に、異母兄弟である兄上はどうして、こんなに優しいのか。俺もあんな母親でなければ兄上のような真っ直ぐな心でいられたのか。どうしてこんな温かい心でいられるのか。兄上のことを知りたくなり、ある日俺は願い出たのだった。


「兄上。もしよろしければ、どうか、貴方様の傍で仕えさせてください」


 兄上は俺の願いを笑って受け入れてくれた。俺は能力の秘密を隠したまま、兄上の傍で勉学に励み公務を学び、書類整理や情報収集の補佐にあたった。

 王宮の雑音は相変わらず絶え間なかった。「(傷物の第三王子が、第一王子に取り入った)」

「(所詮は王妃の不貞の子)」――そうした心の声に、俺の心は何度も深く傷つけられた。だが、周りの言葉に傷つくたび、兄上は温かい言葉と、心の声の一致した真摯な思いで俺を癒やしてくれた。


「カイルの持つ冷静な眼差しと、深い洞察力はこの国の未来に必要なものだ。私は、カイルの才能を信じている」


 兄上の心の声は、外面の言葉と違わず「(カイルの深い洞察力は、きっとこの国の力になる。自信を持ってほしい。周囲の人間にもカイルの良さが伝わってほしい)」という優しい願いだった。兄上の心のなかには民や臣下達、そして俺も笑顔でいる光景が心の映像で映し出されていた。その人の思いが強いと心の声だけでなく映像で見える場合もあるのだ。いつしかそんな兄上の役に立ちたいと、俺は心から願うようになっていた。そうして月日は流れ俺は18歳になった。

 夫婦円満の家庭を築いた兄上から、結婚をせっつかれるようになった。だが、年頃の令嬢たちの心は、俺にとって相変わらず絶望的な雑音で満ちていた。

「(片側だけ見れば見目麗しいのに、火傷の跡が醜くて見るに堪えないわ)」

「(ひきつれた火傷の跡が、気持ち悪いわ)」

 俺は彼女たちへの嫌悪感と、拭い難い容姿へのコンプレックスを深め、社交の場から遠ざかった。結婚とは、俺にとって心の雑音を永続的に聞くための、地獄の契約でしかなかった。

 ある日、兄上に国内に気に入る令嬢がいないのならば、外交デビューがてらビブリ国で今度開催される三国交流会で婚約者探しをしてはどうかと言われた。

 俺が住むレギオス国は圧倒的な軍事大国だが、隣接する小国ヴァロア国とビブリ国の関係がきな臭くなっていた。俺は容姿を理由に外交の表舞台を避けてきたが、この三国交流会は、婚約者探しという名目で両国の動向を探る絶好の機会だ。外交というよりも、情報収集が真の目的だったが、俺はビブリ国へと向かうことにした。


*************


「グレース、お前との婚約を破棄する!お前のような無表情で冷酷な女はこの僕にふさわしくない!僕は先日、学園で運命的な出会いをしたリリアーナと婚約することにした!」


 三国交流会開始まもなく、声高にそう言い放ったのは、ビブリ国の第二王子エドワードだ。その声は三国交流会の会場に響き渡り、人々はざわめいた。

 俺は三国交流会という場で婚約破棄する浅はかさに呆れつつ、エドワードと彼に寄り添うリリアーナという令嬢の心の声を聞きとれるよう意識を集中させた。目の前にいない距離の離れた人物は、意識を集中しないと心の声がひろえないのだ。

 婚約破棄されたグレース・ロートシルト嬢は、シルバーブロンドの凛とした印象の令嬢で、その場に立ち尽くし表情一つ変えないでいた。

 俺は、凛々しい彼女の心の声はきっと浮気クソ男への罵詈雑言でいっぱいだろうと思い、その心の悪態を聞いて共感したくなり、彼女の心の声に耳を澄ませた。


 その瞬間、彼女の心の映像がなだれ込んできた。


******

 7歳くらいの少女が大泣きしながら巨大化して、森の中で木を引っこ抜き振り回して暴れ回っている。よく見るとその少女には【悲劇のヒロインちゃん】という名札がついている。


「なんで私ばっかりこんなつらい目に!きっと私がお母様を殺したから罰を受けているんだわ!お兄様から、『お前を産んだせいで母上が死んだ、殺人鬼が笑うな』と言われて笑わなくなったから婚約破棄されたんだわ!」


 その時、長い髭を蓄えた老人が光りながら悲劇のヒロインちゃんの前に現れた。よく見ると『長老』と名札をつけている。


「ふぉふぉふぉ!鎮まり給え!罪悪感という名の毒を自ら飲むな!出産で母上が亡くなったのがお前のせいであるはずがない!それは天命であり、誰の罪でもない!己を責めるのは今すぐやめるんじゃ!」


「でもお父様も『王子の婚約者であることだけがお前の価値だ。婚約破棄されれば、お前はもう無価値だ』と言ってましたし、どうせ私なんかにはもう価値がない…」


「『どうせ私なんか』は口癖にしてはいかん!『私は、私だ!』と、唯一無二の存在を誇るのじゃ!婚約破棄という過去、そして心ない言葉を吐いた他人を変えることはできん!だが、未来のお前、そして今の自分を変えることはできる!『無価値』というレッテルを、『自由』という名の勲章に変えるんじゃ!」


「無理よ、長老!家族にも見捨てられ、婚約者にも裏切られたわ!⋯もう全部捨てて逃げたい、消えたい、死んでしまいたい!」


「馬鹿者め!嘆きの感情は、出すだけ無駄じゃ!それはただのエネルギーの垂れ流しじゃ!それを次に活かせ!ほれ、この世の辛さは、貯金のようなものじゃ!利子をつけて、いつか幸せとして返ってくるぞ!」


「で、でも婚約破棄なんて……周りになんて言われるか、家にもいられないわ私、これからどう生きていけばいいの!」


「心無い言葉は、お前の魂を磨く砥石と思え!傷つくたびに、お前の心は強靭で美しい宝玉となるのじゃ!人間万事塞翁が馬じゃ!今日の破棄は、明日のお宝を拾う布石となるぞ!」


「そんな言葉、信じられないわ⋯」


「今はそうじゃろう、だが最も暗い闇の直後にこそ、最も強く光る星が見えるんじゃ!お前の人生は、今、まさに夜明け前じゃ!良いか!お前の価値を決めるのは、王子の婚約者という肩書きではない!お前が、お前自身をどう評価するか、それだけじゃ!」


「私が私を評価する⋯確かに勉学も社交もマナーも頑張ったし、王妃様にも認められていたわ。胸が小さいなどと外見ばかり評価してくる王子へ愛情を持てなかったこと以外は落ち度はなかったと思うわ。私の笑顔が少ないという態度も悪かったのかもしれないけれど、浮気したのは大部分は彼の不勉強さと不真面目さと不誠実さのせいだわ」


「ふぉふぉふぉ!よくぞそこまで分析した!勉学、社交、マナー、すべてお前の実力じゃ!それは誰にも奪えん!そして、愛情を持てなかったのは、お前の心が『誠実でない相手』を拒否したからじゃ!お前の心は、お前自身を守ったのじゃぞ!過去を反省するのは偉いが、過ぎたことをくよくよ考えるな!」


「そうなのかもしれないわ⋯」


 そう言うと巨大化していた悲劇のヒロインちゃんは、しゅるしゅると小さくしぼんでいった。

******

 

 俺は長老が出てきた時点で、思わず吹き出して笑ってしまった。

 彼女は今まで、こんな風にユーモラスな「長老」を心に生み出し、悲しみで暴れる自分の心と対話して冷静を保ってきたのだろう。激しい怒りや悲しみの感情に、押しつぶされてしまわないよう、必死に自分を律し制御してきたのだろう。この状況下で、内面で『自分を助けるための装置』を動かし続けているなんて、どれほど健気で、強い意志を持った子なのだろうか。

 俺にはそんな強さがなかった。兄上がいなければ、きっと今も悲劇のヒーローぶって、自己憐憫に浸って引きこもっていたかもしれない。自分で立ち上がり、自分の心を導く強さをもつ彼女に、尊敬の念を感じた。

 あぁ、この子のことが好きだ。初めて抱く、魂の奥底から湧き上がるような感情だ。

 彼女の表の顔の無表情も、心の内の登場人物たちも、過去の苦しみも、その全てを丸ごと愛したい。

 こんな火傷の跡がある気味が悪い胡散臭い男に突然求婚されても、きっと嫌だろう。後で真実を話し、断ってくれても構わない。

 だから、彼女をこの絶望的な状況から連れ出し安全な場所に保護する口実として、どうかこの無謀な求婚を、今だけは許してくれないか。

 そんな思いで俺は彼女に近寄り口を開いた。


「会ったばかりだから信じてもらえないかもしれないが、俺の心は君の自立した魂に惹かれている。君の心(の中の登場人物一人ひとりまで)もすべて生涯愛すると誓おう。だから、俺と結婚してくれないか」


 もっと冷静な提案をするつもりだったが、本心が口からこぼれ落ちてしまい、俺は動揺したが、周囲の動揺のほうが凄まじかった。

 周りからの声を一旦シャットアウトして、彼女の心の声に耳を澄ませた。


「(か、かっこいい!火傷の跡とか凄くかっこいい!きっと火傷には辛い思い出があるはずだから、かっこいいとか言っては失礼だわ!え、でも影あるイケメン凄くタイプ!え、この火傷と金髪もしや、あのレギオス国王太子殿下が『すごく出来の良い弟がいて右腕として頼もしい』といつも褒めているレギオス国の第三王子のカイル殿下では?あの実直なレギオス国王太子殿下が褒めるお方はどんな方なのかしらと思ってましたが、こんな素敵な方だったなんて!!というか今!私求婚されました?え、夢?妄想?)」


 冷静な表情とは裏腹にあわてふためく彼女の心の声を聞き、俺の心臓は激しく高鳴っていた。まさか自分のコンプレックスだった外見に好感を持ってくれるとは思わなかったので、喜び叫びたい気持ちであった。


「...はい、宜しくお願いします」


 少しの間の後、グレース嬢は、周囲の喧騒や元婚約者からの視線を一切無視し、ただ俺だけを見て静かにそう答えた。

 その一言で、三国交流会の会場の空気は凍りつき、そして熱狂的なざわめきへと変わった。

 俺は、この喧騒のなか、話がまともに通じそうなビブリ国第一王子に近寄り、耳打ちした。


「第二王子がご執心のリリアーナ嬢はヴァロア国の間諜だ。彼女の部屋を調べれば、おそらく貴国の重要書類の写しが出てくるだろう。⋯この情報の対価は、グレース嬢との結婚を、外交儀礼を省略してでも、滞りなく速やかに進めて貰うことにしてくれ」


 俺の言葉を聞いたビブリ国第一王子は、一瞬で顔色を変え、すぐさま側近へリリアーナの部屋の捜索を指示していたようであった。ビブリ国第一王子の心の声からして、近い内に第二王子エドワードは王位継承権を剥奪され王室から追放となり、リリアーナは処刑となるだろう。俺は望み通り、グレースを連れ出すための最速の切符を手に入れた。


 彼女に向き直ると、彼女の心の映像が見えた。

 彼女の心の中はまた悲劇のヒロインちゃんが暴走していた。


「(待って冷静になるのよ、出会ったばかりのこんな素敵なイケメン王子が求婚してくれる訳がないわ⋯きっと何か裏があるのよ!何かビブリ国の情報を得ようとしてるとか⋯でも情報なんかなくとも、レギオス国の軍事力があればビブリ国なんて一捻りよね⋯えっと、そうだわ!なにか契約結婚のようなもので『お前を生涯愛するつもりはない』とか言われてしまうのかもしれないわ⋯え、そうだったらどうしよう⋯)」

 

 すると慌てた様子で彼女の心の長老が割り込んできた。


「(これこれ、人の気持ちを簡単に疑ってはいかんぞ、自分の妄想を膨らませるのではなく、目の前の相手をよく見るのじゃ⋯えっ、よく見たらかっこよすぎないか彼。すごくタイプというか⋯影あるイケメンよきですわ⋯)」


 長老の語尾変わってるぞと内心で笑いながら、俺は生まれて初めて俺の心の声が、相手に伝わればいいのにと願った。そうしたら生涯、あなたを愛するという俺の気持ちを信じてもらえるのに⋯。

 俺はこの後の生涯をかけて、あの手この手で彼女へ俺の気持ちの証明をしていくことになるのだが、それはまた別の話だ。



 


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

投稿する勇気が出なくて書いては消しを繰り返してた作品なので、もし1ミリでも楽しんで頂けたら感想・★評価など頂けたら、とても励みになります!

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― 新着の感想 ―
女の子が主人公の物語が好きなので読むのを躊躇ってましたが、読んで良かった!!! とっても面白かった! 長老最高!!!
最高に良きですわ………
心の中で長年続けていたであろう長老の喋り方が、最終的に令嬢本人のそれに戻ってしまう……というユーモアが、令嬢の主人公に対する思いの強さを表現しているようで良かったです。あくまで“心の声”という設定が上…
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