傘のロマン
広場の隅に、青いペンキで塗られたベンチがある。
ベンチの周りには藤棚の蔓が垂れ下がっている。
三日前からベンチの上に『折りたたみ傘』が置いてある。
誰かが忘れて行ったのだろう。
今日はそのベンチに二人の老婆が座って話しをしている。
楽しそうである。
一人は、私によく声を掛けてくる痴呆症の老婆である。
話しが済んだのか、その老婆がベンチを立って私のそばに来た。
老婆は私に、
「あの人、呆けてるのよ。自分の家が分からないんだって。アタシも分からないから、分からない同士で楽しく喋っていたの。バカみたいね」
私は何と答えて良いのか分からなかった。
分からない同士で話しながら少し歩いた。
私はベンチの上の傘の忘れ物の事を聞いてみた。
すると、
「あの傘はあのお婆さんが忘れて行ったのよ。でも、あそこに置とくんだって」
「? なぜ」
と私は聞いた。
「忘れないように置いてあるんだって」
「忘れないように置いてある? ・・・」
こんな素晴らしい世界が藤棚の下に在ったのだ。
傘は今日もベンチの上に置いてある。
よく話し掛けて来るあの老婆は最近見ない。
噂では『特養』と云う別世界に行ったそうだ。
私は・・・