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・【バトルステージ1】バロンの決意

 一巡目のカラスいわく、この世界の仕組みにイゾルテ救済の鍵があるという。この世界は戦略RPGだ。ストーリーと戦闘のサンドイッチのような構造になっている。


 このサンドイッチをいくつか重ねると一章のラストエピソードにたどり着き、バロン元王子がイゾルテを撃つ結末を迎える。

 バロンが真実を知った頃にはもう手遅れ、イゾルテは一人勝ちをしてこの世を去る。


 それまでに俺は、バロンとその仲間たちからイゾルテを守れる力を入れなければならない。

 絶望の中にあるイゾルテを心変わりさせ、生に執着させなければ、恐らくは失敗で終わると一巡目の俺は分析した。


 本人が破滅を望んでいるのだ。そこいらの悪役令嬢を死の運命から救うのとは事情が少し異なる。


 そして両者の問題を解決する上で必要となるのが【スキルポイント】だ。これはいくつかの入手経路があるが、最も手軽なのが【バトルステージ】への参加だ。


 なんと、バトルに参加するだけで貴重な【スキルポイント】が手に入る。よって一巡目の俺は――


『イゾルテを救いたければ、一章全てのバトルステージに乱入することだ。ただし、我らは弱い!!』


 ミソッカスでもいいのでとにかく参加して、得た【スキルポイント】で【スキルツリー】をチャート通りに成長させろと言った。


 重要なのは【錬金術スキル】と【変化魔法スキル】だ。前者はカラス相応に弱い俺たちが強くなる上で必要で、後者はイゾルテを心変わりさせる上で必要だ。


『人化の術を覚え、イゾルテを口説け! 今のイゾルテには失う物など何もないっ、だからこそ潔く死ねる! どんな手を使ってでも『生きたい』と彼女に思わせろ!』


 自分ならば口説けるという思い上がりさえ無視すれば、とても理に適っている。イゾルテとはまだ出会って半月も経っていないが、あんな美人とツガイになれるものならなりたいに決まっていた。


「あの子の監視ばかり押し付けてごめんなさい……。カァくんもたまには他のことがしたいよね……?」


「いや、俺もバロンのことが気に入っている。バロンのことは俺に任せてくれ」


「ぁ……ありがとう……。あの子がピンチの時は、助けてあげてね……?」


「言われるまでもない、それが本旨だ」


 例外はあるが、一章のバトルステージは全て主人公バロンを起点として発生する。バロンを監視していればいずれイベントが発生して、俺をバトルステージに導いてくれる。


 よってやることはこれまでと変わらなかった。白痴を演じる彼を遠くから見つめ、少女サリサに気付かれて石を投げられるルーチンを繰り返した。


 石を投げるなんて酷いとは思うが、サリサを恨む気にはなれない。なぜならば彼女もまたイゾルテと同じ宿命の星の下にあるからだ。


 ある意味でサリサこそ、バロンに運命を運んだ女だった。


「バロン……ッ、あ、あたし、バロンの彼女だと、思われてるみたい……」


「えっ、そうなの……!?」


「う、うん……」


「うあ……ご、ごめん、ぼくのせいで」


「違う、全然迷惑じゃない! あ、いや……えっと……。バ、バロン、あ、あたし……」


 その日が運命の日だった。その日、彼女はバロンに告白をしようとする。


「す……す……バ、バロンが……す……」


 本当のバロンはバカではない。期待に頬を染めて、惹かれて止まないガーフフレンドの言葉を待った。

 しかしサリサは想いを伝えられなかった。そこに黒い神官レプトルスと、ロムルス帝国の奴隷商人が現れた。


「ほう、この娘ですか! 確かになかなかの器量良しだ!」


「よろしければお譲りしよう。引き替えに――」


「ええ、報酬はたっぷりと!」


 不幸なことにもサリサはイゾルテの農奴ではなかった。神官レプトルスの農場からあぶれた、貸し付けられた農奴だった。


 そこに本来の所有者が現れ、得体の知れない男にこの農奴を売ると言い出した。運命のいたずらにサリサは動揺し、バロンもまた決断を強いられた。


 ガールフレンドを守るには、絶対に勝てない相手に反逆しなければならない。彼の心は理性と怒りの間でせめぎ合った。


「止めろっ、その子は俺のガールフレンドだ!! 連れて行くなんて絶対に許さない!!」


「ダ、ダメッ、バロン……! この人たちに、逆らっちゃ、ダメ……!」


 バロンは非合理的な決断をした。せっかく今日まで堪えてきたのに、反乱のチャンスが訪れる前に敵に逆らってしまった。


 この悲劇の結末を先に言おう。必死でサリサを守ろうとするバロンに、奴隷商は配下たちに始末を命じる。黒い神官がそれを止めるはずもない。


 配下の刃がバロンを襲い、そして悲劇が起きる。サリサがバロンをかばい命を落とすのだ。

 もっと早く反乱を起こせば守れたはずなのに。そうバロンは悔い、反逆を決意する。それがこの物語の露悪的なシナリオだ。


「農奴ごときが邪魔をするな。おい、こいつを片付けろ」


「旦那、こりゃ相当暴れそうだ。斬っちまってもいいんですかい?」


「属国の農奴ごときが逆らったのだ。邪魔だ、消せ」


「や、止めてっ、バロンッ、バロンッッ!!」


 この戦いに加勢するだけでスキルポイントが手に入る。だが俺に散々と石を投げたサリサを救う理由はどこにもない。それはシナリオを変える危険な行為だ。


 奴隷商と黒い神官は後のことを配下に任せ、その場を立ち去っていった。


「残念だったな、兄ちゃん。ここがお前の――」


 ただし、だからといってサリサを救わないとは言っていない。使い魔カオスの得意魔法【シャドウボルト】が運命の歯車を撃ち抜いた。

 配下1人がカラスの闇の矢に膝を突き、その場の者たちは上空より小型ドローンのようにミサイルを放つ白い(・・)カラスを見た。


 そう、白だ。黒のままではイゾルテに迷惑がかかる。変化魔法の初歩で見た目の色彩を変えた。


「戦え、バロンッッ!!! その子を守り抜きたいならばっ、勝算がなくとも立ち上がれっっ!!!」


 謎の白い鳥の乱入に彼らは驚いていたが、立ち尽くしていたバロンが真っ先に動いた。彼はたまたまそこに落ちていた角材を拾い、それを奴隷商の配下たちに向けた。


「その子を連れて行かせるわけにはいかない。すみませんが、僕は貴方たちを倒します」


 配下たちはバロンを笑った。そんな棒切れ1本で何が出来ると、危険な刃をチラ付かせた。


 しかしそこにいる男はこの物語の主人公だ。名高い軍略家である王に育てられた一流の戦士だ。白痴も弱虫も全て演技だ。彼は賢く勇敢で強い男だ。


「余計なお世話かもしれないが援護しよう。いくぞ、バロン!!」


「ありがとう、感謝します!!」


 俺たちは物語の第一ステージに参戦し、まあ序盤も序盤なので棒切れとシャドウボルトで蹂躙の限りを尽くした。

 子細に説明するのも蛇足なほどに、ステージ1の戦いは一方的な勝利で片付いた。


「貴方の言葉で目が覚めました」


 サリサはバロンの豹変に驚いていた。いや、驚く一方でその目はバロンへの強いあこがれを宿し、まあ要するに好きな男の子のカッコイイ姿にメロメロになっていた。


「僕は戦います」


「カァカァ」


「僕が勝てなくてもいい!! 僕たちの戦いが他の誰かの勝利に繋がるなら……。玉砕覚悟で僕は戦うことにします!!」


 これだけ暴れておいて、今さら喋れないカラスのふりをするのは無理があるだろうか。それにバロンに玉砕されても困った。


「俺が喋れることはここだけの話にしてくれ」


「わかりました。ところで、お名前は?」


「デュークだ。玉砕などせずともいずれチャンスはやってくる」


「そうでしょうか」


「君の目に映るものだけが盤面の全てではなかろう。白と黒は表裏一体。君が黒と信じる物事が、本当にその通りの色をしているとは限らない」


 白いカラスは農園を飛び立った。一刻も早くバロンのガールフレンドを保護してもらうよう、イゾルテに掛け合うために。


 俺の知るイゾルテなら必ず手を差し伸べてくれる。愛する義弟のガールフレンドのためだ、喜んで無茶をする。

 カラスはイゾルテの政務室のガラス戸を引っかき、帰宅を果たすと一部始終を報告した。


「厄介な話を持ち込んでくれたものだ」


「ならば捨て置くか?」


「バカを言え。我の同意を得ずに勝手に農奴の取引? 外交協定違反だ、今すぐレプトウスの神殿に乗り込んで抗議してくれる」


「それでこそ我らが偉大なる総督だ」


 化粧を濃くした美人が怒りと不快の感情を露わにすると迫力がある。その恐い美人がカラスの耳元に唇を寄せた。


「ありがとう、カァくん……。私、とんでもない罪を犯すところだったのね……」


「貴女のお力になれて光栄だ」


 カラスの姿となって、我ながらキザになったと思うところがある。しかし悪の総督の使い魔で、しかも漆黒の翼を持つ鳥類の嫌われ者に転生となれば、開き直る他にない。


「俺にはあの妖しい怪物を睨むことしか出来ないが、よければ付き合おう」


「うん……」


 イゾルテの接吻を頬に受ければ、黒い神官レプトウスの正体を知っていようとも恐怖などなかった。


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