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・エピローグ カラスと旅人

 蛇足かもしれないが、その後のことを語っておこう。イゾルテと一匹のカラスは西の海を渡り、帝国の版図から離れた貧しい小国に落ち延びた。


 その地は開拓により生まれた国で、折りしも開拓民の募集をしていた。イゾルテとカラスは過酷な開拓地に移り住み、豊かではないが充実した毎日を過ごしている。


 倹約家の総督としてではあるが、独裁者として豊かな生活を続けてきた彼女には、自らの物は自らで生み出す現在の生活が合っているようだ。


「聞いて、バロンがロックフッド自治領に現れたそうよ」


「彼女のところか」


「彼女? ふぅん、貴方は女性にモテるものね、カオス……」


「喋る鳥。それはファンシーの化身であるからな、ああ、俺は女性にモテるとも」


 バロンは今、第3章の段階にあるようだ。3ヶ月前にはファフネシア南方の群島諸国を帝国から独立させ、帝国との大海戦に再び打ち勝った。


 しかし彼の勝利の噂を聞くたびに胸が寂しくなる。バロン、プリム、サリサ、ルディウス、ロンバルト、ガディウス。今の生活を得るために、多くのトモダチと別れることになった。


 彼らが戦っているのに、我々はこんな辺境の地で、貧しくはあるが安穏な生活を過ごしている。

 イゾルテの生存をまだ知られるわけにはいかないとはいえ、一巡目では共に戦った仲間たちを支えられないのがもどかしかった。


「行きたいのなら、貴方だけでも行ってもいいのよ?」


「冗談を。君と一緒に生きたくて無理を通したのだ。せっかくの今の生活を捨てるやつがどこにいる」


「正直じゃないのね」


「君にだけは言われたくない」


 カラスとして畑に種を蒔き、雑草を抜き、魔物が現れればシャドウボルトで優雅に空から狩る。夜になれば人の姿を取り、イゾルテとの静かなひとときを過ごす。


 ここにはあの快適なシルクのベッドなどないが、イゾルテの絹のような肌がある。この生活を捨てるなど、到底考えられない。我々は幸福だ。幸福であるのは確かだが、どこか物足りなさを感じ始めていた。


 それはイゾルテも同じだったようだ。ある日、開拓地の小僧どもを連れて山に行った帰り、旅装束をまとうイゾルテが軒先にいた。


「クイーン……?」


「待っていた、ジーク」


「そんな姿で何をしている……?」


 季節は晩秋、冬の入りかけ。収穫も終わり、だいぶ肌寒くなってきた頃。イゾルテは腰に剣を吊し、開拓地の民には見せることのない毛皮のコートをまとっていた。


「この冬の蓄えだけど、開拓地のみんなに売ってしまった。さあ行きましょうか、ジーク」


「とんでもないことをする人だ……」


「貴方に言われたくない」


 カラスは青鹿毛の馬に化けた。イゾルテは軽やかにその背に飛び乗り、手綱を握った。


「陸の東端まで行こう。そこから先は巨鳥となり、ファフネシアに渡る。ロックフッドまでかなりの長旅になるな」


「楽しい旅になりそうね」


「せっかく手に入れた穏やかな生活だというのに、困った人だ……」


「私も戦いたいの。帝国に大切な物を奪われた人たちのために」


 我々はバロンに加勢するために東へ、東へとひた進んだ。時刻は既に夕方。夕日を背に暗い東の空へと駆け抜けた。


 イゾルテは変装して戦うつもりだが、万一彼女が生きていると知れるとまずい。先王の策が中途半端なところで崩れてしまう。


「いったい、どういった心変わりなのだ? 策の成就にあれほどまでに執着していた君が――」


「問題なんて叩き潰して進めばいいの」


「む、むぅ……。ずいぶんと乱暴だな……」


「私たちは死んだの。死んだ人たちが生き返るはずがない。もしイゾルテ生存の噂が流れても、誰も信じない」


「そうだろうか」


「そうよ、人は都合のいい真実を信じるの。バロンの仇討ちが失敗だったなんて、誰も信じたくないでしょう」


 かなり乱暴な理屈だが、だからといって彼女の決断に反対する気は起きなかった。


「静かな生活に憧れてみたものの……どうやら、我々には合っていなかったようだ」


「ええ、私、もう1度戦いたい。次はあの子の味方として、影から支えたい……」


「ならばどこまでも付き合おう。君が生きて隣にいてくれるなら、俺はなんだっていい」


 港町で宿を取り、夜明け前に大海の空に舞い上がり、対岸のファフネシア西部に渡った。


 竜脈の地に寄り、そこで生命力と魔力を吸い上げ、1年ぶりにファフネシアの地を抜けた。


 誰もイゾルテに気付く者などいなかった。イゾルテの支配より解放された民は笑顔であふれ、多くの者が英雄王バロンを称えていた。


 バロン王はちょうど傭兵を募集していた。戦いを求めていた我々はその募兵に応じ、その半月後に海からロックフッド自治領に渡った。


「よくきてくれた! 俺が傭兵部隊のリーダーのガディウスだ! 不安もあるだろうが心配はいらねぇ、バロン王は俺たち傭兵を使い捨てにするようなお人じゃねぇ! 安心して――」


 海の向こうで見知った男の姿を見つけた。男は白いカラスを肩に乗せるコートの女に気付いた。


「ちょい、ちょい来いっ、そこのカラスと美人の姉ちゃんっ、ちょっとこっち来てくんなっ!?」


 ガディウスは我々を人気のない小屋に誘い込んだ。一見は美人に一目惚れして女を連れ込んだように見えただろう。


「な、何やってんですかいっ、総督閣下……っっ!?」


「ククク……久しいな、ガディウス。なんてね……ふふ」


「ふふ、じゃありゃぁせんよぉ!? な、な、なんでここにアンタが……!?」


 ガディウスの人となりに温かさを感じた。付き合いは短かったが、彼もまた信頼できるトモダチだった。


「ごめんなさい、私たち……」


「静かな生活に飽きてしまったのだ」


「ええ、だから応援にきちゃった……!」


「きちゃったって……っ、押し掛け女房じゃないんだからそんな簡単に……っ」


 我々はバロンの下に帰ってきた。今度こそ真実、裏も表もなくバロンの同志となるべく、彼の戦いに馳せ参じた。


「トモダチよ、君たちの助けになりたい」


「今度は私たちが貴方の配下。ふふ、楽しくなりそう……」


「勘弁してくれよぉ、暴君様よぉ……」


 静かな生活はこれにておしまい。再び我らはバロンを支えるために、帝国との戦いに身を投じた。


 1章のラスボスと不死身のカラスの参戦に、ロックフッド反乱軍およびファフネシア援軍部隊は極悪非道の帝国軍を蹴散らし、都へと駆け上っていった。


「お前、もしかして、カオス、か……?」


 その途上で遊牧民の戦士ナイラジャと再会した。


「やあ、トモダチよ。その節は世話になった。今度は我々が君の支えとなろう」


 黒いカラスに戻ると、ナイラジャは目を大きく広げて喜んだ。


「おお、カオスッ、きてくれたのか!」


「ああ、きたとも。そしてこちらはクイーン、君のおかげでようやくハートを射止めることが出来た、俺の彼女だ」


 『退場した役者が再び舞台に戻ってはいけない』なんてルールはどこにもない。運命を乗り越えた我々は何をしようとも自由だ。


 我らは再び剣を握り、天空よりシャドウボルトの雨を降らせ、バロンと共に【テイルズ・トゥ・ティア】の英雄伝説を再び歩んでいった。


 トモダチよ、カラスと暴君は常に君と共にある。君が物語の結末にたどり着くその日まで、我らが君を支えよう。


 我が名はカオス。カラスの肉体を与えられしさまよえる魂。元総督イゾルテの使い魔にして、白騎士クイーンの頼れる相棒ジーク。


 我らは帰ってきた。他でもない、君と共に戦うために。


- カラスと総督 終わり -


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