・【バトルステージ9】暴君イゾルテ - あるいは、名誉も何かもを捧げた真の忠臣 -
かくして決戦の夜がやってきた。バトルステージ9にあたるこの戦いで、バロンは直接対決を避ける。彼は潜入からの奇襲をもってイゾルテを討つ。
正史では俺はバロン側にいた。バロン側からイゾルテを守ろうとしたが、この世界の仕組みを知らず、また弱かったジークには運命を変える力などなかった。
だが今は違う。全てを手玉に取る力と、未来の記憶というイニシアチブが俺の手元にあった。
バロンは王家の秘密の脱出路から総督府内部に潜入してきた。
「ねぇ、なんで誰もいないの……? 変じゃない……?」
真っ先に私語を漏らしたのは正史と同じくプリムだった。皆が同じ疑念を抱いていた。
正史のイゾルテがそうしたように、俺もまたイゾルテに助言し、総督府から帝国兵を追い出させた。
『人は貴女を暴君と言いますが、我々はそうとは思えません。貴女の統治は抑圧的ではあったが、とても安定していた』
『民は我々にお任せを。どうかご武運を、イゾルテ様……』
最期までイゾルテと運命を共にしようとする少数の兵たちも、総督府の警備から外して市民の護衛を任せた。
無人となった薄気味の悪い総督府を、バロンたちは警戒しながら進む。兵など1人も残っていないというのに。
俺とイゾルテは彼らを広間――元々は玉座だった場所で待ちかまえた。その場所が決戦上と彼らも感づいてか、案内することもなくバロンたちは姿を現した。
イゾルテは先王の玉座に腰掛け、膝にカラスを乗せてバロン一行を待っていた。
「イゾルテッッ!!」
「ぅ……お姉さま……」
我々は扇状に囲まれた。背後は退路はなく、生き残りたければ倒して進む他にない。
そんな場所で待ちかまえる悪の総督に、彼らは不気味なものを感じていただろう。
「美貌だけは相変わらずのようだわい」
「イゾルテ、もう逃げられませんよ……。先王ロジェ陛下を殺めたその罪、償っていただきましょう」
ルディウスの言葉をイゾルテは鼻で笑った。強敵ロンバルトとバロン、プリムを前にしても全く臆さなかった。
バロンが前に出ると、プリムがかばうようにその少し前に出た。
「どうして父上を裏切ったのですか? あんなに父上と仲が良かったのに、どうして?」
「そうだよっ! それに昔はあんなにやさしかったのに! どうして……こんなことに……なっちゃったの、イゾルテお姉さま……」
俺が惚れた女はどこまでも気丈で強い人だった。本当は弁解したいだろうに、ふんぞり返り、足を組み、彼らを高い玉座から見下した。
「クックックッ、玉座を欲することが罪か? 奪い取れたから奪い取ったのみよ。やさしい義姉? 全て演技、貴様らは騙されていたのだよ」
演技なのだが、演技には到底見えない迫真の演技だった。彼らは騙されていたことに怒り、剣をこちらに向けた。
いや、バロンとプリムの剣は先は低く、まだ迷っているようだった。
「主よ、我らの力を見せつけてやるとしよう」
「ああ、あちらからこないなら、こちらから行くのみよ。カラスよ、我が力となれ」
「光栄だ」
カラスは変化した。軍服のイゾルテを守る鎧となり、かつてのトモダチと敵対した。
「行くぞ、反逆者ども」
「ね、姉さま……っ」
迷うプリムの代わりにバロンが前に出た。バロンとイゾルテが激しく打ち合い、電撃の魔法剣にバロンは下がった。
「加勢しますぞ、バロン様!!」
「ダメッ、これはうちとバロンの戦い!! イゾルテお姉さまっ、覚悟して下さい!!」
バトルステージ9はイゾルテVSバロン&プリムの決闘だ。一巡目では不公平な戦いだったが、二巡目には魔装具となったカラスがいる。
「ククク……あのじゃじゃ馬娘がやるようになったものだ」
「今でもじゃじゃ馬だからーっ!!」
見ている者が冷や冷やとする激しい撃ち合いに発展した。黒い魔装具はシャドウボルトを放ち、彼らが優勢になるたびに影縫いで動きを封じた。
しかし彼らは次第にイゾルテの動きが鈍ってゆくことに気付いただろう。魔法剣の魔力が落ち、危険なその刃が弱ってゆくのを見たはずだ。
余裕を見せていたイゾルテがやがて大きく息を乱し始めた。そろそろ限界のようだ。イゾルテは黒い鎧に生命力と魔力を吸い上げられ、いよいよ追い詰められていった。
「姉さま……? もしかして、病気なの……?」
「くっ……さてな。使用人に毒でも盛られたか……」
迷うプリムの前にバロンが出た。プリムは病の人間相手に剣を振ることが出来なかったが、バロンは違った。
彼には反乱軍の長としての役割がある。自分がイゾルテを討つことで、父親が計画した策が成る。
「イゾルテ、貴女にどんな事情があろうとも僕はもう止まれない。先王ロジェを殺めたその罪、その身をもってあがなってもらう!!」
「同情は要らぬ……こい、バロン……」
「僕はっ、僕はお前を許さない!! イゾルテ……ッッ、イゾルテ……ッッ、貴女はっ、貴女はっ、僕の刃で死ななければならないんだっっ!!」
自分が用意した鎧をまとったバロンに、バロンのために残した先王の剣で、イゾルテは突かれた。イゾルテはドス黒い血を吐き、愛する弟を赤く汚した。
だがイゾルテは穏やかだった。ようやく全てが終わった。使命は果たされ、もはや暴君を演じる必要もなくなった。
「ロジェ、様……ついに、策は、成りました…………なが……かった……」
「え…………」
イゾルテはバロンに抱かれ、崩れ、心臓を停止させた。
「姉、さん……?」
「お姉さま……? 何、どういうこと……? え、なに、これ……」
そこに我々の協力者が現れた。小熊座傭兵団のガディウスだ。
「大変だ、バロン殿下……総督府の大倉庫に、とんでもねぇ物が……眠ってた……」
「どういうことだ、ガディウスよ?」
「へい、ロンバルト様……魔導機械兵です……」
「な、なんだと!? なぜイゾルテをそれをこの戦いに投入しなかったっ!?」
「魔導機械兵だけじゃありません。大倉庫の地下に、クソでかい地下空間が見つかりやした。そこに蓄えられた物資がまた、とんでもねぇ量でさ……」
それを聞いてバロンは震える声でつぶやいた。
「え…………」
イゾルテは死をもって全てを差し出した。強欲な暴君としてかき集めてきた全てを、己を討ったバロンに遺した。
早期に魔導機械兵を出して竜の翼を鎮圧できたのに、彼女はそうしなかった。
「しかしたち悪いのは、それだけじゃありませんでしてね……」
「いったいどういうことなのです、ガディウス!?」
「その物資、見覚えがあるんですよ……。俺らが使ってる物資と、全く同じ包装、全く同じブツなんです……」
当然だ。同じ物なのだから。イゾルテは己の倉庫から反乱軍へと支援物資を流していた。
「ガディウスさん……それは、岩塩、酒、薬品、ですか……?」
「へい、そうですが、なぜわかるんで?」
バロンは胸の痛みに苦しみあえぐように左胸を抱いた。彼は己の犯した罪に気付き、大粒の涙を浮かべた。そして彼はつぶやいた。
「海底要塞に眠っていたあの物資……あれは、父上からの贈り物では、なかった……」
そうだとも。愛する君のために、君たちのためにイゾルテが用意したものだ。君たちを勝たせるためにイゾルテは王を裏切り、悪の総督となった。
「え……!? それってつまり……え? イゾルテ姉さまが、あの遺跡に、自分が集めた物資を運んで…………え!?」
「総督閣下は、その気になりゃ、海底要塞を横取り出来た。けど実際は逆のことをやっていた、ってことですかね」
「姉さまが、海底要塞を、うちらにくれたってこと……? あ…………」
プリムはもう動かないイゾルテに駆け寄った。バロンの胸にいるイゾルテは穏やかで、満足していた。策により己の名誉が汚されようとも、彼女はそんなことどうでもよかった。
「姉、さん……? そんな、これ……姉さんっ、どうして……っ! どうして言って、くれな……あ、ああ……僕は、なんてことを……姉さんっ、姉さんっっ!!」
「こんなのないよーっっ!! こんな、こんなのヤダッ、なんでっ、なんでこんな……こんな酷い……酷すぎるよ、こんなの……!!」
バロンとプリムは義姉の遺体からは離れなかった。あまりに痛ましかったが、ルディウスらは戦後処理に努め、帝国軍と残存の正規兵に投降を求めた。
都に秩序が築かれるまで今少しかかるだろう。
やがて、ようやくといったところでバロンとプリムが玉座の間を離れてくれた。彼らには勝利を宣言し、国を取り戻したことを民に示す義務があった。
「ふぅ……あの二人め、気持ちはわかるがさっさと行ってほしいものだ」
鎧に変化していた俺はカラスに戻った。それから一息入れてから、先王ロジェに似ているという人間の姿を取った。
冷たくなったイゾルテを抱き、立ち上がった。
「【ドレイン】【HPシェア】……どれもこの日のためだった。蘇れ、名誉も何もかも、全てを捧げた真の忠臣よ」
彼女から奪った生命力を彼女に戻した。バロンに奪われた傷がみるみると塞がり、心臓が再び動き出し、冷たくなっていた身体が温まっていった。
「カァ、くん……」
イゾルテは目を覚ました。
「本当に死んでしまったのかと、気が気ではなかったぞ……」
「私、生きているの……?」
「心臓の停止を死というならば、君は死んでいたさ。そしてたった今、もう一度生まれ変わった」
全て終わった。後は我々が舞台から降りるだけだ。俺はイゾルテに微笑み、寒いのか温もりを求める彼女に抱き付かれた。
「策は成った。君はもう死ぬ必要はない」
「すごい……もっと早く、貴方の話を聞いておくべきだった……」
「ああ、まったく聞き分けのない人だったよ。……さて、どこかで静かに暮らすとするか」
「でも、どうやってここから抜け出せばいいの……?」
「ぬかりはない。友人と話を付けておいた」
ようやく身体の調子が戻ったのか、イゾルテが降りたがったので立たせた。するとちょうどそこにトモダチが戻ってきた。
「王よ、お待たせしてしまいましたか?」
「ルディウス……!?」
元宰相ルディウスが、レジスタンスの装備一式を持って現れた。ルディウスは先王の信奉者だ。俺は先王と同じ顔になってしまった失敗を逆手に取り、彼を陰謀の同志に引き込んだ。
「イゾルテ、貴女が無事でよかったです……」
「ルディウス、私……ごめんなさい……」
「何を言うのです。貴方こそが真の忠臣。貴女の名誉を回復させることは出来ませんが、私も、バロン様も、プリメシア姫も、貴女こそが真実の英雄であることを知っています。今日までバロン陛下をお守り下さりありがとうございました」
先日まで騙されていたくせにずいぶんと喋るものだ。俺はレジスタンスの装備を先にまとった。
イゾルテはルディウスの言葉に救われたようだった。二人は共に同じ男に信奉し、バロンの成長を期待した同志だ。当然だろう。
「私が責任を持って貴女方を国外へと脱出させましょう。陛下、イゾルテ様、どうかお幸せに……」
「あの子をお願い……」
「俺からも頼む。バロンは賢いが不器用で見てられん」
ルディウスは俺が先王ではないことを知りながら敬礼をして、旅立つ俺たちを見送った。
「さあ、早く脱出を」
「世話になった。君たちの戦いに勝利がもたらされるよう祈っている」
イゾルテの手を引き、総督府を脱出した。その後、イゾルテの遺体がどこに消えたのかは誰にもわからない。
トモダチよ。己が望んだこととはいえ、君の戦いに加われないこの身が呪わしい。どうか君の戦いに勝利があらんことを。
バロン、君と別々の人生を歩むのは少し寂しい。