・二巡目のカラス、一巡目のカラスより【世界の真実】と【攻略チャート】を授かる
ところがその帰り道、急な眠気を覚えた。うとうととしているうちに空に霧が立ち込め、地上も何も見えなくなった。
前進を止め、滞空して辺りを観察した。霧はさらに深くなっている。どう考えても通常の出来事ではなかった。
そんな折り、何かが羽ばたく物音が聞こえた。霧の向こう側から灰色の影がやって来て、それが【白い鳥】に変わった。
その鳥は首の辺りだけが明るいグレーで、よくよく観察してみると、俺の色彩を反対にしたような【白いカラス】だった。
「やあ、兄弟」
「兄弟……? お前もイゾルテの使い魔なのか……?」
「いや、イゾルテの使い魔は未来にも過去にも我々だけだ」
「どういうことだ?」
初対面のような気がしないカラスだった。
「単刀直入に言う、俺はイゾルテを守れなかった正史の君だ。俺はイゾルテを守るためにここに帰って来た」
「そうか」
驚きよりも納得が勝った。その白いカラスが自分と同じ飛び方するのもそうだが、『やはりカラスごときに守れなかったか』という納得があった。
「過去の俺よ、お前はここがビデオゲームの世界であることに気付いているか?」
「いや……急にそんなことを言われても、返答に困る」
「ここは【テイルズ・トゥ・ティアラ】というゲームに酷似した世界だ。聞き覚えくらいはあるだろう?」
「ああ、それはあるが」
女の子がかわいいパッケージだったところまでは覚えているが、生憎プレイはしていない。
「この世界はそれと同じストーリーを描く。悪の総督イゾルテが義弟バロンに討ち取られるのがこの物語の第一章なのだ」
このカラスの言うことを無条件で信じる理由はないが、多少の根拠ならばあった。イゾルテとバロン、あの二人の運命はあまりにドラマチック過ぎる。
「聞け。俺はイゾルテを守るために、必死であがいた……。だが、初めからその努力はムダだったのだ……」
「……つまりなんだ?」
「我々は【必死で主人を守ろうとした哀れなカラス】だ。俺もお前もそう運命付けられたただの登場人物だった。彼女を守ろうとする想いすらも、物語の予定調和の一部だったのだ……」
つまり、登場人物がシナリオ通りに舞台で踊っただけ。それを知らなかった彼がいくらあがこうとも、最初からイゾルテの破滅は約束されていた。……といったところか。
「暗い話はもういい。明るい話はないのか?」
「あるとも、兄弟よ」
正しくそのために自分は帰って来た。白いカラスは翼を大仰に広げた。
「教えてくれ。仮にこれがうたた寝の合間の幻であっても、何かのきっかけにはなるだろう」
このカラスの助言を無視すれば、俺は彼と同じ轍を踏むことになる。
「俺はこれまでの出来事を分析し【最適解の攻略チャート】を組んだ。俺のチャート通りに動けば、兄弟よ、お前はイゾルテの運命を変えられるかもしれない」
「そうか、断言しないのか。よし、そこが気に入った。詳しく聞こう」
攻略チャートという単語を聞いて、間違いなくこいつは俺だと確信した。そういえば生前の俺は、既にクリアしたゲームを効率的に再攻略するのが大好きだったような、そんな気もしてきていた。
「鍵はバトルステージへの参加だ。詳しい解説は融合をもって行おう」
「ゆ、融合っ!? 待て、それはなんだか嫌だ!」
「拒否は認めない。俺はイゾルテ亡き世界で、物語の結末までバロンを導いたのだ。お前ばかりイゾルテに愛されるなど、許さん……」
「ベ、ベタ惚れだと!?」
白いカラスは飛翔すると、旋回して黒いカラスに向けて飛んだ。白と黒は激突すると混じり合い、俺は白いカラスが見た過酷な未来を見た。
そのカラスはハッピーエンドを否定した。報われることのないイゾルテの運命を変えるためにここに帰って来た。
彼が示した道しるべ【最適解の攻略チャート】をたどれば、確かにあの気高き女性を運命から救い出すことが出来るかもしれなかった。
・
「ふふ……今日の貴方は甘えん坊ね……。いったいどうしたの……?」
融合を果たすと俺はイゾルテのベッドにいた。イゾルテの顔にカラスの頭をすり付けていた。
そういえば彼女の仕事が終わるまで政務室で付き合って、寝室で今日の報告を済ませた後だった……ような気もする。
「イゾルテ」
「なあに、カァくん?」
「いや、なんでもない。君は化粧をしない方が美人だ」
「ありがとう……嬉しい!」
イゾルテ、また会えて嬉しい。君が死んでしまって俺は悲しかった。
一巡目の俺の想いが胸に生まれ、すぐに消えた。
「ふふ……ふふふふ……っ」
「たかがカラスの言葉だ。そんなに舞い上がらなくとも……」
「だって……! 普通の女性扱いされたの、久しぶりだもの……」
このやさしく美しい女性は死ぬ。全ての盤面を彼女は整え、イゾルテの真意にバロンが気付く前に彼女はこの世を去る。永久に名誉を回復させられることのない裏切り者として。
「君は素敵だ。俺が人間だったら、きっと恥ずかしくなって喋れなくなっていただろう」
「あら、意外にシャイなんですね」
「意外とはなんだ失礼な」
その晩のイゾルテはいつもよりもよく笑った。それがシナリオ通りに動く運命の操り人形とは、俺の目にはとても見えなかった。
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