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・人化したカラス、悪の女総督に告白する

 人化の術はカラスの姿から大きく逸脱した力で、半日に5分ほどしか変化することが出来なかった。


 仕方がないのでカラスの姿で朝食を作り、それを人化した姿でテーブルに運び、目覚めていたイゾルテと食卓を囲んだ。


「美味しい……。カァくんって、料理も出来たのね……」


「パンに食材を挟んだだけだ。それと、この姿のときはカオスと呼んでくれ」


「ふふ、ごめんなさい。ありがとう、カオス」


「いえいえ。む……俺の羽が入っているな」


「素敵ね」


「果たしてそうだろうか」


 そんなたった5分の短いひとときを過ごした。カラスは人間扱いしてくれるのが嬉しくて、イゾルテに不器用な微笑みを返した。


 夜になると、人となったカラスはベットでくつろぐイゾルテに告白をした。


「今さらかもしれないが、イゾルテ、お、俺は……君に、好意を寄せている……」


「ええ、知ってた」


「だ、だろうな……。そ、それで……お、俺と……出来れば……付き合って、いただけないものだろうか……?」


 こんなに美しい女性に言うのも恐れ多いが、本気だ。共に過ごしてゆく間に、彼女に深い愛情を抱くようになっていた。


「私、もうすぐ死んじゃうのよ……?」


「それがどうした、まだ確定したわけではない」


「でも、私、酷い人間なのよ……?」


「君は悪くない。100万回言ってもいい、君は悪くない。君は報われるべきなんだ」


 イゾルテはベットから立ち上がり、同意かはわからないが抱擁をくれた。さすがに同居人が人間になれるようになって、彼女はパジャマを着るようになっていた。


「少し考えてもいい……? 明日の晩、答えを返すから……」


「もちろんだ! 俺は本気だ、本気で君を幸せにしたいと思っている!」


「そんなの、ずぅぅーーっと、知ってた」


 その晩は空振り――いや、一歩前進だった。

 やがて人化をたもてなくなった俺はカラスに戻り、それからお願いされてかわいいウォンバットになった。


 夜が明け、人々の翻意にギスギスとした一日が終わり、再び夜がきた。


「カオス、昨日の話なのだけど……返事を返すから、あの姿に戻ってくれる?」


「わ、わかった……」


 俺が人の姿になると、イゾルテはいつも罪悪感に表情を歪ませる。俺が彼女が殺した男と、そっくりだからだ。


「ねぇカオス、その姿の時だけ、陛下と呼んではダメ……?」


「ダメだ。俺は冷酷無比のロジェ王ではない」


 イゾルテはこちらの返事に安心したようだった。ただ、その後の言葉がない。彼女は言葉を迷っているようで、それが俺を不安にさせた。


「ひ、ひと思いに頼む……っ、俺は元はカラス、人ではない! 最初から玉砕の覚悟だ……!」


「カオス」


 イゾルテは言葉ではなく抱擁をくれた。それから男の顔に己の顔を近付け、唇を寄せた。

 同意でなければこんなことはしない。こちらからの行為を待つイゾルテの唇に自分のものを重ねた。


 愛する人の死が目前に迫っているからだろうか。その唇は魅惑的で、甘く、死の味がした。


「お、俺でいいのか……?」


「死ぬまでの間、私の恋人でいてくれる……?」


「バカを言うな、死なせなどしない」


「ごめんなさい、そこは絶対に譲れないの」


「いいや、譲ってもらう!」


 どんなに愛をささやき、唇を重ね、抱き締めようとも、その晩はイゾルテの決意を崩せなかった。


 男はカラスに戻り、また『カァくん』と呼ばれるようになってしまった。


 それからまた翌晩、再び人の姿を取った。


「一緒に生きよう。君だけ死ぬなんて、そんなのは悲しい」


「しつこい人ね」


「このまま終わりなんて君だって嫌だろう。諦めず、欲しいもの全てを手に入れるべきだ」


「そんなことより、こっちに来て」


「そ、そっちに……っ!?」


「ほんの少ししかないけど、一緒にゴロゴロしましょ……?」


 それが彼女の幸せとなり、生きる希望になるならば。というより、俺には迷っている時間などなかった。彼女の望み通り、ベットで向き合うように横になった。


「お父さんと寝てるみたい……」


「止めろ、これでも俺は君の彼氏だ……!」


「ふふ、ごめんなさい……。だって本当にそっくりなんだもの……」


「なぜこのような姿になってしまったのだ……。大きな誤算だ……」


 これは彼女がカオスを生み出すときに、先王の遺骨を使ったからだろう。


「彼氏なら、もっとくっついて欲しいかしら……?」


「そ、それが君の望みならば、喜んで……!」


 甘いひとときを過ごした。たった3分にも満たない、あまりに短いひとときだった。

 男がカラスに戻ると、イゾルテは嬉しそうに笑った。


「カァくん、私幸せ……。今日まで生きていた中で、今が一番幸せ……人間になってくれて、ありがとう……」


「こちらこそ。俺もその言葉を聞きたかった」


 それからまた夜がふけ、朝が来て、また夜がきた。人の姿を取って、滅多に出ない縁側に出て夜空を見上げた。


「貴方のせいで私、死ぬのが怖い……」


「死ななければいい。君は十分に付き合った。策が完璧でなくとも、バロンなら上手くやるさ」


「私は貴方を殺した。策を成就させるために、多くの人を不幸にした。そんな私が出来る罪滅ぼしは、死をもって策を成就させることだけ」


「止めろ止めろ、止めてしまえ。感情に身を任せて、己の望みを通せ。君の人生だ、君の好きにするべきだ」


 手を繋いで星を見上げた。今日は新月で、星々が強くまばたいていた。


「死にたくない……貴方とずっと一緒にいたい……」


「なら一緒に生きよう」


 イゾルテは隣の男に振り返った。そしてそこに主君の顔を見つけ、苦痛に表情を歪めた。


「やっぱり、無理ね……。貴方を殺した私は死ぬべきよ。止めることも出来たのに、私は貴方の策を実行したの……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 こんな形で足下をさらわれるなんて予想もしなかった。まさか先王に似た顔になってしまったというだけで、イゾルテ生存チャートが破綻するなんて、読めるわけがない。


「幸せな夢をありがとう、カオス……」


「理不尽だ……」


 男はカラスに戻り、どうにもならない運命を呪った。


 それからまた翌日。夜の入りかけに総督府に戻ってくると、イゾルテの顔つきが鋭いものになっていた。

 すぐに自宅に移り、イゾルテは真剣に今の状況を語った。


「明日、帝国と共同で海底要塞に攻撃を仕掛けることに決まった」


「なんてことだ……」


「貴方には、バロンの隣で戦ってほしいの」


 知っていた。一巡目でも俺はバロンと共にイゾルテと戦った。そして彼女の最期を見届けた。


「バロンはこの海戦を最後に、私を倒しに来る。同胞同士で殺し合うなんて、あの子は望まないもの」


「俺は君の使い魔だ。バロンの使い魔ではない」


「わかってる。でもお願い、バロンを助けてあげて」


 こうなることはシナリオで決まっている。逆らっても意味がない。


「イゾルテ、俺は諦めていないぞ。君を生かし、必ず幸せにする。君の願いは叶えるが、君をここで終わりになどさせない」


「本当に強情な人ね」


「君に言われたくはないな」


 平行線の会話を打ち切り、俺は明るい声で答えた。するとイゾルテも笑ってくれた。


「カオス、最後にお願いがあるの……」


「なんだ?」


「ベッドで待ってる。少ししたら呼ぶから、人間になってこっちに来て……」


「なぁ……っ?!」


「思い出が欲しいの……。酷い人生だったけど、幸せだったって、思える思い出が……」


 拒絶する理由はどこにもない。俺は部屋を離れ、お呼ばれがかかるまで待ち、イゾルテが望む全てを叶えた。


「通信もしばらくは止めましょ。決意が鈍るもの……」


「君の望み通りにはさせない。これだけは覚えておいてくれ」


 翌朝、俺はイゾルテの元を去り、ジークとして海底要塞へと飛び立ったのだった。

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