・【バトルステージ5】帰らずの監獄 - ありがとうお婆ちゃん -
しかし内部の者たちは襲撃があることを既に知っていた。吹っ飛ばされた扉の向こうで、同じく剣を抜いた戦士たちが待ちかまえていた。
「なっ……ロンバルト……ッ!?」
ルディウスが声を上げた。その戦士たちの中心に大柄な老将がいた。収容所の住民らしからぬ大きな鎧をまとい、槍を構えてこちらを睨んでいた。
「ヒッヒッヒッ、ようやくおいでなすったなぁ……!」
それと役者がもう一人。しわくちゃの老婆がその隣で杖を突いて立っていた。彼女こそがこの強制収容所の主。イゾルテと結託して国を裏切った女官――老婆ウルザだった。
「強欲のウルザッ、仲間を解放しろっ!」
「ヒヒヒ……こう言うておるが、どうする、ロンバルト?」
白髪の老将軍は槍をかつての主の息子に向けた。
「ここを通りたければ我らを倒してからにしていただこう」
「な……何をやっているのです、将軍っ! 貴方が仕えるべきなのはその裏切り者ではなく、バロン殿下でしょう!」
「多くは語らぬ。さあ、勝負と参ろう、反逆者たちよ!!」
バロンたちは目に見えて動揺していた。なぜならば見知った顔は老将軍ロンバルトだけではなかった。こちらに刃を向け、必死の形相で裏切り者のウルザを守ろうとする者たちは、これから救うはずの政治犯たちだった。
「待って下さい殿下っ、彼らは我らの仲間っ、同じ王に仕えた仲間なのです!!」
「で、でもぉ、あっちはそういうふいんきじゃないんですけどぉーっ!?」
「こうなったら斬らずに倒すしかない……!」
バロンに槍の老将軍が襲いかかった。その老将ロンバルトは高レベルのプレイアブルキャラクターだ。今のバロン単騎で戦える相手ではなかった。
「腕を上げられましたな、殿下!」
「ロンバルトッ、僕たちは勝てる! もう帝国に従う必要はないんだっ!」
「それとこれとは話が別。ウルザ殿に手を出すなら、殿下も我々の敵でございます!」
「ちょっとっ、説明しないさいよーっ!!」
「これはこれはプリメシア姫! 殿下のために遙々お出で下さいまして、この老骨――ふんぬっっ!!」
このステージのクリア条件はウルザの撃破だ。裏切り者のウルザさえ倒せば、彼らは戦う理由を失う。
だが我が主はウルザを守れと言っている。
「バロンッ、プリムッ、ロンバルト将軍を無力化しろ!!」
ならば逆に考えればいい。ウルザ以外を無力化すれば、どちらにしろこちらの勝ちだ。
「そんなこと言われたってこのお爺ちゃんっ、つ、強いんですけどおーっっ?!」
「心配はいらん、無理矢理にでも勝たせてやる!! 【アタック】【プロテクション】【クイック】おまけに【HPシェア】!! さあ行けっ、バロンッッ!!」
【アタック】の力が老将軍に打ち負ける二人に跳ね返すだけの力を与えた。【プロテクション】と【HPシェア】が保険となり大胆な攻撃を可能にし、【クイック】が老将軍に勝る身のこなしをもたらした。
「ぬ、ぬぅっ、こしゃくな介入をっ!!」
「成長した僕たちの力を見て下さい、将軍っっ!!」
「なんかズルっぽいけどっ、勝てばよかろうだしっっ!!」
ロンバルト将軍はこのステージにおいて、無理して倒す必要のない強敵だ。だが倒せないこともない。
技はまだ届かなくとも筋力と敏捷性で勝った若い二人は、老将軍を巧みに翻弄し、最終的には二人同時にロンバルト将軍の喉元に剣を突き付けた。
「む、むぅ、ウルザ殿……まことに申し訳ない、負けてしまいましたぞ……」
「ひぇっひぇっひぇっ、よいのじゃよ。最期に男に守られて死ねるなら、良い最期じゃろうて……」
ウルザ所長は刃を自分の喉元に突き付けた。
「ヒヒヒ……ジーク、あの方を頼んだぞ……」
「悪いが断る。【シャドウボルト】」
得意の置きシャドウボルトを発射させた。ウルザの死角から放たれた闇の矢は彼女を影縫いして動きを封じた。
「すまんっ、ウルザ殿っ、やはりワシには出来ぬっっ!!」
そのチャンスを見てロンバルトがウルザから刃を奪った。彼女を胸に抱き締め、壮年同士の愛を見せつけた。
従っていた他の兵士たちも剣を既に降ろしていて、どうにか丸く収まったこの結末に深く安堵していた。
「ど、どうゆーこと……?」
「奥をご確認下さい。そこに我らが戦う理由がございます。殿下、姫殿下、どうかお許しを……」
収容所の兵たちが奥の門を開くと、その先は鉄鉱山になっている。我々バロン一行は彼らに導かれ、そこで【帰らずの収容所】の真実を見た。
鉱山を抜けるとその先に山間の町があった。そこには豊かな実りがあり、道を駆け回り子供たちがあり、女たちが笑顔でその子たちの面倒を見ていた。
畑仕事にせいを出す者。練兵所でひたすら訓練に打ち込む者。余暇を過ごすカップルの姿まであった。
そこは到底、強制収容所なんて呼べる過酷な場所ではなかった。
「ウルザ殿はイゾルテを裏切っておられたのです。残酷なイゾルテに送り出された者たちを、この地で守って下さっていたのです」
視察があれば粗末な服を着て、土埃を体中に塗り付けて、鉱山夫として苦しみあえぐ姿を演じるのだと、老将軍が説明してくれた。
「だから我々は守りたかったのです。いずれ再起の日がくる。だから鍛錬を重ね、その日を待てと言って下さった、ウルザ殿を」
老将軍は仲間を集めると、バロンの前にひざまずいた。
「もう二度と逆らいませぬ。どうか、我らを貴方の戦いに加えて下され。我らはイゾルテを倒す日を夢見て、高め合い続けてきたのです」
バロンはそんな老将の手を取った。老将を立たせ、1度は敵対した者たちに頼もしくうなずいた。
「皆さん、僕に力を貸して下さい。僕が必ずイゾルテを討ちます。そして帝国から皆さんを守り抜き、昔のようなファフネシア取り戻してみせます」
収容所の男たちは歓喜した。女たちは戦いに出る男たちに表情を曇らせたが、今日までの日々が与えられた平穏であることくらいわかっていただろう。
注目がバロンとロンバルト将軍に集まっている間に、俺はウルザ所長の肩に飛び移った。
「あの方からの言葉を預かっている」
「お、おぉ……申し訳ございません、カオス様……」
「我が主は言った。『もう自分に付き合うことはない。先王の遺児、バロンを支えて。ありがとう、ウルザお婆ちゃん……』と」
老婆は涙した。帝国の侵略さえなければ、彼女もイゾルテもこんなに苦しむことはなかった。
「全てが終わったらバロンに打ち明けてくれ。貴方の他に、この地の者たちを必死で守ろうとした者たちがいたことを」
白いカラスはウルザ所長の隣を飛び立ち、目当てのスキルポイントも手に入れたところなので、何も言わずにその場を立ち去った。
もう空も暗い。一刻も早くイゾルテの元に戻り、やさしい彼女の望みが1つ叶ったことを伝えねばならなかった。