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・白痴のバロンと監視するカラス

 いざ始めてみれば、悪の女総督の使い魔というのもあながち悪くなかった。カラスには学校も仕事も義務もなく、さらに使い魔(ペット)には自ら餌を探す必要もない。


 虎の威を借りる狐であろうとも総督府の者どもは使い魔カオスにひれ伏し、プライベートではカァくんと呼ばれているとも知らずにカオス様と俺を讃えた。


 姿は嫌われ者のカラスであるが、それが先王ロジェの遺骨から生まれた畏怖すべき存在である事実は変わらないからだろう。

 そういったわけで俺は恐怖の独裁者のカラスとして、それなりにカラス人生を満喫していた。


「イゾルテ様、酒蔵の拡張工事が済んだと報告が」


「ふん、やっとか。では蒸留が済み次第、奪った酒を全てそこに押し込め」


「は、その通りに……。ヒッヒッヒッ、このウルザも一杯あやかりたいものですなぁ……?」


「後で呑ませてやる。だが今は仕事を徹底しろ」


 悪の総督イゾルテはため込み屋だった。強権をふるって物資を独占し、それを使いもしないのに倉庫の肥やしにする愚かな悪女だった。


「蒸留……そうか、消毒薬か」


 不気味な老婆ウルザが去ると、カラスはイゾルテの書斎机に飛び降りてそう話しかけた。


「バカめ、豚どもに呑ませる酒などない、というだけの話よ。不用意な詮索は命を落とすぞ、カオス」


「これは失礼した、偉大なる我が主よ」


「ククク……酒も、薬も、上等な肉も干し果実も、全て我の物よ」


「まったく恐ろしい女だ」


 イゾルテは義弟バロンの反乱が必ず成功すると信じて、強欲な悪女を演じていた。総督としての彼女は倹約家で、下々からすれば浪費を許さないケチな守銭奴だった。


 先王が描いたこの計画は非常に良く出来ている。倹約の苦しみを暴君イゾルテへの憎しみに塗り替え、この国の独立計画は人知れず着実に前進している。


「カオスよ、そろそろアレの監視に向かえ。重ねて言うが、どんな些事でも細かく報告するのだぞ」


「望み通りにしよう。【白痴のバロン】の監視は俺に任せておけ」


 イゾルテはカラスを腕に止まらせると、そこだけ少し灰色がかっているふわふわの首に触れて、窓の外にその下僕を放った。

 魔力と揚力双方の力を持つ黒い翼は、軽々とカラスを天空へと導いた。イゾルテはいつだって、そんな俺を羨ましそうに見上げていた。


 白痴のバロン――またの名を農奴のバロン元王子の姿を求めて空を翔け抜ける。

 今やバロン王子はイゾルテ総督の所有物。イゾルテ総督が所有する農園で働く哀れな没落者だ。彼はいつもの綿花畑で、手を傷だらけにしていつものように働きづめていた。


「バロン、休み時間になったら、い、一緒に……丘に行かない……?」


 バロンには同じ農奴階級のガールフレンドがいた。若草色の髪をボサボサにした小柄な少女で、その子はいつもバロンの隣で働いていた。


「うん、いいよぉ。誘ってくれて、ありがとぉ」


 そしてこの気の抜けた少年がバロン元王子だ。かつては賢い王子であったが、今では白痴のバロンと呼ばれるほどに頭が衰えてしまっている。


 髪はブロンド、目は碧眼。年齢は17歳。ボロボロの作業着になっても王族の輝きがまだ残っていた。


「お仕事、辛いけど……バロンと一緒なら、あたし平気っ」


「ぼくだよ、サリサ。がんばろ」


 少女サリサも頭の少しトロい娘であったし、一見はお似合いのカップルだった。

 苦しい生活に負けずに生きる彼らの姿に、愛玩動物をやっている自分が恥ずかしくなるところもあった。


「あ、またあのカラス! こらーっ、畑を荒らさないでーっ!」


「だ、だめだよ、サリサ……ッ。カラスさんがかわいそうだよ……っ」


 総督府を出ればカオス様もただの害獣だ。石を投げつけられて逃げ回ることも日に何度かあった。そうなるとバロン王子は害獣をかばい、周囲の者を困らせる。


 彼の監視を初めてばかりの頃は、本当にこの白痴の少年に反乱を任せて大丈夫かと、イゾルテの正気を疑ったほどだった。

 あくせく働く哀れな農奴たちを見下ろし、バロン元王子の監視を続けた。


 昼になると休憩になり、お似合いのカップルは風の涼しい丘に行き、静かなひとときを過ごすとまた労働に戻る。

 労働は日没まで続くが、その日は仕事が早く片づいたようで、年上の友人がバロンを訪ねて来た。


 その友人が来るとバロンは必ず他の者を遠ざける。周囲に人気がなくなると、白痴の顔を止めて表情を引き締めるのだから、初めにこれを見たときは驚かされた。


「殿下、お変わりございませんか?」


「大丈夫。そういうルディは、少し痛めつけられたようだね……」


「自分はイゾルテに睨まれていますから」


 イゾルテの名が出てくると、バロンはまた顔付きを変えた。それはドス黒い憎悪だ。イゾルテが愛して止まない義弟はイゾルテを深く憎んでいた。


「自分もイゾルテが憎い。殿下、イゾルテを倒さなければこの国は、いずれロムルス王国に自治権まで奪われ、ただの奴隷荘園にされてしまうでしょう」


 この男ルディウスはかつてこの国の宰相だった。麻の汚れた服ではなく、きらびやかな絹の衣をまとっていた。


「またその話か……。ごめん、僕にその気はないよ。確かに僕もイゾルテは憎い……」


「ならば起つべきです!! 我ら【竜の翼】は貴方に玉座を与えるためならば死をも畏れませんっ!!」


「ちょっと、声が大きいよ……っ!」


 全て我が主イゾルテの手のひらの上だというのに、威勢の良いことを言うものだった。

 イゾルテはルディウスが率いるレジスタンス【竜の翼】の活動を見て見ぬふりをしている。利害が一致しているからだ。


「冷静になって、ルディ。いくら計算しても、僕たちはイゾルテには勝てないんだよ」


「なぜ諦めるのです! あの女は王を騙し討ちにしたのですよ!?」


「ルディ……仮に奇跡が起きてイゾルテを倒せたとする。だけどその後、僕たちはどうやって独立を勝ち取ればいい……? 大帝国相手に小国が独立なんて、無謀だよ……っ」


 バロンは現実的で賢い子だった。現実の盤面をよく見抜いていた。


「ロムルス帝国の神官レプトルスが民を使って、妖しげな実験をしていると聞いても、聞き届けて下さいませんか……?」


 それは儀式に立ち会ったあの黒い神官のことだ。この国のもう1人の権力者でもあり、イゾルテも嫌悪しながらも強く警戒している。


「逃げ出して来た者たちによると、奇妙な薬を飲まされ、仲間が少しずつ人形のようになっていったと……」


 真偽不明の情報でバロン王子が決起の決断をするわけもなかった。しかしイゾルテが人体実験のような行いを許すとも思えない。この話は我が主に報告するべきだった。


「ごめん、ルディ……。僕は勝算のない戦いに民を巻き込めない……。勝算、勝算が生まれるきっかけが必要なんだ……」


 話は平行線。同じ志を持っているはずの2人は別れ、カラスもまた『カァ』と鳴いて監視を終えて帰った。


 ここはなんて残酷で過酷な世界だろう。夕焼けに輝く小麦畑を眼下に黒い翼を羽ばたかせて、『カラスで良かった』と心より今の姿に感謝した。


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