・ファフネシア独立戦争、タイス沖海戦
それから間もなくして戦争が始まった。その緒戦は【レジスタンス:竜の翼】と【ロムルス帝国海軍】の戦いだ。海の彼方を埋め尽くすほどのガレー船の船団が現れ、浮上中の海底要塞を襲撃した。
ガレー船は大きく分けて2種類。小型のガレー船は揚陸からの白兵戦闘を挑むもので、大型のガレー船は弩と可燃油を使ったカタパルトで遠距離射撃を行うものだった。
数、練度、武装に勝る帝国海軍は蹂躙の構えで海上要塞を襲撃した。しかしピラミッドのような形をしたその要塞は山のように大きく、乗り込もうにも足下が滑ってしまい、反乱軍が座す上層部に帝国兵はまともにたどり着けなかった。
また一方で後方の援護はというと、弩は高低差に弱く、カタパルトを使った放火攻撃も、石造りの海上要塞を焼くことが出来ない。
さらに竜の翼には魔導機械兵がいる。海上要塞の動力炉をエネルギー源とするこの人形は、焼かれようと撃たれようとビクともしない。101体のポーンタイプがライトニングボルトを敵船に放つと、敵船が次々と炎上した。
帝国軍の軍船は全て耐火加工がほどこされていたようだが、高圧電流の矢の嵐を撃ち込まれては炎上を避けられなかった。
表面をいくらタールでコートしようとも、木材の内側に火が点けば防ぎようがなかったのだ。
「やったぁっ、あいつら逃げてくよーっ! すごいすごいっ、うちらの完全勝利だぁーっ!」
「ケホッケホッ、け、煙いです……」
「お見事でございます、バロン様……。ついに、ついに我らが帝国軍を打ち負かす日がこようとは……」
バロンは初め、敵を油断させた。揚陸をあえて許し、帝国艦隊が近くに寄ってくるまで魔導機械兵を出さなかった。
白兵戦が始まれば援護のために大型のガレー船が近付いてくると計算して、奥の手のポーンを要塞内部に隠した。
「凄いのは僕じゃありません、父上の策と古代人の遺産の力です」
「そんなことないよ、バロン!」
「そうだよっ、こんな意地悪な戦い方、バロンにしか出来ないもん!」
それはバロンの罠だった。バロンは敵を武力で押し返すと、ピラミッドの頂上から岩を落とした。岩は這い上がってくる白兵戦闘員を無慈悲に吹き飛ばし、ピンボールのように跳ねた。
当然ながら敵はカタパルトと弩で援護を行おうとしたが、そこに現れたのが魔導機械兵だ。炎も弩も効かない機械仕掛けのこの兵は、バロンの射撃指揮の下に雷の矢の嵐を降り注がせた。
帝国艦隊はまたたく間に海上のかがり火と化し、兵員もろとも海に沈んだ。難破した帝国兵がファフネシアに流れ着かないように、遠洋を決戦上に選んだのも彼だった。
それから約3週間後、帝国海軍の第二波がやってきた。
「ええいふがいないっ! 今度の指揮はワシが取るぞい!」
「もしやバルドゥ将軍、何か策が……?」
指揮官は肥溜めの臭いが染み着いて取れていないあの男、バルドゥ将軍だった。
「うむっ、物量による飽和戦術、これこそ帝国軍の様式美よ!!」
「なっ!? 待って下さい将軍! それでは前回の攻撃と何も変わりません!」
「貴様っ、我が帝国のやり方を否定するつもりか!? 数だっ、数イコール勝利っ!! この方程式はどんな戦場であろうと変わらん!!」
イゾルテは正しかった。愚かなバルドゥは倍の海軍戦力を与えられたというのに、無謀な突撃を選んだ。
直接対決を避けて海上封鎖をするなり、他にいくらでも使いようがあったというのに、全艦隊を海上要塞に接岸させて白兵戦闘をしろと命じた。
結果、帝国海軍は遠洋の藻屑と化した。岩や足場を滑らせるオイル、トウガラシ粉のガス、雷の矢が帝国軍を苦しめた。
要塞上層にたどり着いたところで、そこには鉄壁の魔導機械兵が固めている。
いかに数で圧倒的に勝ろうとも、海底要塞を陥落させることは無策では不可能だった。
「ワ、ワシのせいではない! 反乱軍ごときに負ける海軍の兵質が悪いのだ!」
「そんなことよりバルドゥ様っ、このままではこの旗艦が転覆します!」
「ひぇっ、て、敵の攻撃かっ!?」
「いえ、海に落ちた同胞たちです! 彼らが櫂にしがみついて離れません!」
「離脱だっ、離脱しろ! 航行の邪魔をする者には矢を放て!」
バルドゥ将軍は命からがら、旗艦1隻で港に逃げおおせた。バロンからすれば追撃もできたが、バロンも無能は生かす方が有意義と気付いたようだった。
「急報です、将軍……。どうやら敵に別働隊がいたようで……後方の補給港が襲撃されました」
「ぬぁっ、ぬぁんじゃとぉぉっっ?!! やつら、軍船まで隠し持っておったのか!?」
「い、いえ……どうやら我らの船のようです……。我らの大型ガレーをやつらは接収し、我らの港に火炎攻撃を……」
「ワ、ワシのせいじゃないもんっっ!! 海軍だっ、海軍が無能だからこうなったんじゃっ!! ワシは知らんぞ!!」
これはバロンの策だ。バロンは守りながらもガラ空きの急所にカウンター攻撃を入れてのけた。
「そうだ、イゾルテ! これはイゾルテのせいだ! あの女狐が兵を1兵も貸さぬからこうなったのだ!」
「いずれイゾルテ総督は弾劾にかけられ、失脚するでしょう。……我々も時間の問題ですが」
帝国は懲りずに海軍による第三波攻撃を計画している。イゾルテにも再三の協力要請が出されていた。
「イゾルテ総督っ、貴様のせいで海軍がまた壊滅したっ! 貴様どう責任を取るつもりだ!」
バルドゥ将軍は総督府に乗り込み、イゾルテを脅した。そこには先ほどまで将軍の監視をしていた黒いカラスも一緒だった。
「フッ、やはり壊滅したか」
「や、やはりだとぉっ?!」
「ククク……だから言ったではないか。無謀な作戦に兵を割くことは出来ない、と」
「貴様っ、貴様のせいでワシは負けたのだっ!! ヒッッ?!!」
イゾルテと不吉なカラスに一瞥されると、気の小さいバルドゥ将軍は悲鳴を上げた。
「無謀な攻撃を敢行し、補給港を焼かれた帝国に言われたくはないな」
「な、なぜそれをっ!?」
「ファフネシア軍は国内の要所を守るだけで手一杯だ。何、あのような反乱軍など補給を断てばそれだけで勝てる。力ずくで潰す必要はない」
「その言葉、覚えていろよ、女狐っ! その非協力的な態度っ、本国に訴えてやる!!」
「好きにしたまえ」
将軍は怒り散らして総督府を去っていった。
「フッ、聞いたか、カオス? 弾劾だそうだ」
我々にとっては痛くもかゆくもない、脅しにすらなっていない言葉だった。
「君の慧眼には恐れ入った。あれほどまでに無能な男は他にいない」
バロンは3度目の襲撃を受けようとも、あの海底要塞を守り抜くだろう。バロンの独立戦争は極めて順調な滑り出しだった。




