・【バトルステージ4】 徴税官デキウスを討て - 虐げられし者たちの逆襲 -
それから数えて2日後、竜の翼の間者コンスタントから火急の報が届いた。明日、バロンが徴税官デキウスを倒すために決起すると、独立戦争の始まりを予告した。
直接それをイゾルテから聞かされたのは夜中で、彼女は誇らしげにバロンの作戦をカラスに語った。
「バロンはデキウスが北の貿易港タイスを訪れるのを待っていたというわけか」
「ええ、これであの男はおしまい……。悪の徴税官を倒したバロンは民衆の心を掌握する」
「それに君も参戦すると?」
「そうよ、確実に討ってほしいの。徴税官デキウスだけを」
徴税官デキウスの隣にはバルドゥ将軍が常に張り付いている。そのバルドゥ将軍に今死なれると皆が困る。
バルドゥは2年前にイゾルテが根回しをして、せっかく着任させた飛び切りに無能な将軍だ。彼は我々にとって極めて都合のいい凡愚の将だった。
「貴方も手伝ってくれる?」
「言われるまでもない。明日は可能な限りのサポートをしよう」
「フフ、そう言うと思った」
この戦い、【バトルステージ4】にはイゾルテとカオスの出番がある。変装した救援として現れて、徴税官の退路を塞ぎ、バルドゥ将軍を町から逃がす。
「私、ワクワクしてきちゃった……」
「戦争が始まるのだぞ?」
「だって、ずっと堪えてきたんですもの……。やっと殴り返せるの……やっと……」
「長かったろうな」
明日、徴税官への奇襲をもってファフネシアの独立戦争が始まる。だというのにイゾルテの表情は明るく、明日の戦いが待ち遠しそうに彼女は魔法剣をベットで抱いた。
「本当に長かった……。やっと、終わりが見えてきた……」
「何を言う。終わりになんて――」
そこから先はいつもの平行線だ。カラスと総督は決して主張を譲らなかった。
いつもより少し早いが俺たちは眠り、明日の戦いのために英気を養った。
それから夜が明け、早めの朝食を腹に行れ、アリバイを作った。
「いってらっしゃいませ、イゾルテ様。このウルザ、本日はあやからせていただきますぞ、ヒェヒェヒェ……」
「ごめんなさい、ウルザお婆ちゃん……」
老婆ウルザに今日1日の贅沢と引き替えに、どんなアリバイ工作にも付き合ってくれた。
「天より陛下はお喜びになられておるでしょう。後一歩でございますな、イゾルテ様」
イゾルテはいつもの変装をして馬車で総督府を出ると、天よりやってきた白いカラスを肩に乗せた。
「爽やかな朝だ、いっそこの姿のままバロンの仲間になってしまわないか?」
「しつこい人ね。それではダメなのよ」
馬車で北部の貿易港タイスに向かった。自分の翼より10倍も20倍も鈍足な乗り物でゆったりと進んだ。
タイスの町に着くと、海外からくる水夫をあてにした海辺のカフェを訪れ、パンケーキセットを頼んだ。
時間帯もあってオープンカフェ席には人っ子一人いなかった。
『パンケーキはどうだ?』
『とっても美味しい……。3回もおかわりしちゃった……』
『いくら君でもさすがにそれは太るぞ……』
『ふふ……もうそんなこと、気にする必要ないもの』
『ふんっ、必ず君を救って暴食を後悔させてやる』
『んーっっ、美味しい……っ♪』
主は優雅に紅茶にパンケーキ3皿。カラスは使い魔としてこの町を空から監視した。どうでもいい話だが俺も少しだけお裾分けをいただきたかった。
『楽しんでいるところ悪いが、お出でなすったようだぞ』
『……それは困った。少し食べ過ぎたかも』
『何をやっている、イゾルテ……』
『カァくんとのお出かけが楽しくてはしゃいでしまったみたい』
潜伏しているのは我々だけではなかった。竜の翼の戦士たちも町に潜み、標的が現れるのを待っていた。
そこに徴税官デキウスが現れた。略奪をいとわない邪悪な帝国兵たちと、バルドゥ将軍を引き連れて、タイスの町での略奪を始めた。
その兵数、約500名だ。民は恐怖に逃げまどい、富や女性を奪われて激しく怒った。あるいは誰か助けてくれと天に願い、バロンの名を叫んだ。
そんな略奪同然の臨時徴収と、オープン席にたたずむ麗しき女性が無縁でいられるわけもなかった。
カラスがイゾルテのテーブルに戻ると、彼女は帝国兵に囲まれていた。囲まれようともお構いなしで新しいパンケーキを口に運び、それを渋い紅茶で喉の奥に流し込んでいた。
「軍人殿、連れに何かご用か?」
それが白い鳥の声とは彼らは理解できず、驚いて辺りを見回した。
「あまりこの女性を怒らせない方がいい。これは助言だが、関わるなら彼女がパンケーキを食べ終わってからにするべきだ」
イゾルテは黙々とナイフとフォークを動かす。下々の者など目もくれず、マイペースに手と口を動かしている。
「喋る鳥か! 金になりそうだ!」
「おい、よせ」
金になりそうなその鳥はたまたまパンケーキの側にいた。イゾルテは大切なごちそうを略奪者に奪われるとでも思ったのだろう。
彼女はナイフを逆手に回すと――
「ウアアアアアアッッ?!!」
帝国兵の手の甲をテーブルへと串刺しにした。
当然、帝国兵たちが一斉に剣を抜き、ギラギラとした刃が我々を囲んだ。
「ぬ、抜けねぇっっ、い、いでぇぇっっ!! ぶっ殺してやるぅぅっっ!!」
イゾルテのナイフは根本まで突き刺さっていた。引き抜こうにもテーブルの底まで貫通したそれはまるで動かず、哀れな帝国兵は痛みにわめいた。
「だから言っただろう、この人を怒らせない方がよいと……」
イゾルテはパンケーキの残りを食べ終えると唇を舐めた。
「片付けるぞ、ジーク」
「言われるまでもない。降り注げ――闇の槍」
暴漢に囲まれる主人を前にして、何も準備をせずに飛び込むほど俺は愚かではない。頭上で事前準備させておいたシャドウボルトを敵の影へと降り注がせた。
「何してやがるお前らっ!! 殺せっ、この女をぶっ殺して早く俺を助けろっ!!」
囲む帝国兵たちは言った。身体が動かない、と。そんな中、イゾルテは静かに剣を抜く。
「そなたたちの天下も今日までだ。帝国の犬どもよ、凍れ、二度と目覚めるな」
その女は腰のショートソードに触れると、【エンチャント:アイス】の魔法でそれを青白い魔法剣に変えた。
そしてそれを容赦なく振るい、全ての帝国兵に浅い傷を与えた。
「ヒッ、身体が……身体が凍って……っ、と、止まらないっ、た、助けて――」
「凍れ」
昔年の恨みを込めてイゾルテは死の宣告をすると、テーブルに繋がれた男の指先を魔法剣で軽く傷つけた。
氷漬けになってゆく仲間たちに囲まれながら、自分自身も指先から凍ってゆく。恐ろしい光景だったが、今日までこいつらの監視を続けていたカラスには一片の同情すら感じられなかった。
「せめてパンケーキを食べ終えるまで待てれば、もう少しまともな結末だったかもしれんな」
我が主は無慈悲で冷たい恐ろしい女性だった。
「ジーク、偵察に行って。あの子が動き次第こちらも動く」
「君は?」
「お茶がまだ残っているから……」
「何もこんな者に囲まれて飲むことあるまい……。まあいい、すでに動いているかと思うが、確認してくる」
カラスは飛翔し、バロンの出現ポイントを確かめた。潜伏するレジスタンスは港倉庫、町南西、南東から現れて敵を囲む。バロンの担当は港倉庫側だ。
滞空して南方を確かめると、彼方より大きな歓声がとどろいた。耳を澄ますとそれは『バロン、バロン、竜の翼のバロン』と繰り返し聞こえる。
略奪を行う帝国兵の背後に完全武装のレジスタンスたちが襲いかかり、分散する彼らの各個撃破が始まった。
『南方が動いたようだ。倉庫側のバロンもじき現れそうだ』
『そう、バロンが現れ次第、私も潜伏を解く』
『あれだけ暴れておいて潜伏とな?』
翼を北方に向けて羽ばたかせると、バロンたち精鋭を見つけた。バロンの第一目標は徴税官デキウスだ。討ち取れば人心は完全に反乱軍側に集まる。
続いて町中央に飛ぶと、徴税官が突然の奇襲に悲鳴を上げていた。
「な、ななな、何やってんだよ、お前らっ!! お、俺を守れなかったらどうなるかわかってんだろな、おいぃぃっっ?!!」
「は、反乱など聞いておりませんぞ、私は!? 我ら帝国相手に反乱など起きるはずがないんですぞぉっ!?」
左様、反乱を起こそうにも戦力差が大きすぎる。どんな悔しかろうと、女と金を差し出して屈する他にない。
だがそこに我が主イゾルテが【大いなる遺産】をもたらした。勝算を得たバロンは反乱を起こし、思い上がる帝国の者どもに襲いかかった。
「そうだ、港っ、港に我が国の商船があるっ!」
「それだ、将軍! それを使って海に逃げるぞ!」
港で竜の翼の精鋭が待ちかまえているとも知らずに、彼らは戦う仲間を捨てて北に逃げた。
イゾルテが選んだだけあって、バルドゥ将軍はこの期に及んでも指揮を行わない無能の中の無能だった。
『徴税官デキウスが北に逃げた。将軍も一緒だ、隊を束ねようともしていない』
『そう、バロンの策通りになりそうね』
『それはそれで困る。確かにこの将軍、ここで退場いただくにはもったいない。……おっと、バロンが倉庫周辺の掌握に入った』
『出番ね。それじゃ、手はず通りにお願い』
『ああ、君は白、俺は黒。今回は敵同士だ、お手柔らかに頼む』
イゾルテからの通信が途絶えると、港西部が騒がしくなった。俺の主は1章のラスボスだ。単騎であろうとも彼女を倒せる者などいない。
これにより徴税官は四方から囲まれることになり、船での脱出1本に望みをかける。
「おおっ、船っ、船があるぞっ!!」
「ひぃ、ひぃっ、待って、くれ、若いの……っ、私はもう走れない……う、うぅ……っ」
徴税官は将軍を見捨てて1隻だけ残っていた大商船に乗り込んだ。その船にバロンたちが潜んでいて、乗り込むや否や囲まれるとは考えてもいなかったようだ。
「はぁっはぁっはぁぁーっ、た、助かったぁぁ……っ。おい何をやっているっ、早く、早く船を出せっ、反乱、反乱だ!!」
「反乱って誰のー?」
船上でプリムが息切れにうつむく徴税官デキウスに近付き、そう聞いた。
「ファフネシア人の猿どもだっ!! 生かしてやった恩を忘れてあの蛮族どもがっ、後で皆殺しにしてやるっ!!」
「って言ってるけど、どうするー、バロン?」
それからデキウスはバロンの名に肝を潰された。彼ら帝国兵30名ばかしはバロン率いる精鋭に囲まれてしまっていた。
「バ、バロン……? お、お前が……?」
「徴税官デキウス、蛮族は貴方です。貴方のしたことは略奪と何も変わりません」
バロンはプリムと並んで、剣を抜いて前に出た。ちなみにルディウスとサリサはいない。このステージでは南方のレジスタンスを指揮している。
「う、うるせーっ!! お前らが帝国に勝てるわけねーだろっ、俺を殺ってもお前らには惨たらしい死しかねーんだよっ!!」
「さてそれはどうでしょう」
「お前らはおしまいだ!! ここもすぐに帝国軍が駆けつけるぜっ、逃げられると思ってんのかよ!!」
「ぷぷぷ……バッカみたい! バロンッ、さっさと終わらせて援護に行こうよ!」
「そうだね、将軍の姿がないのも少し気かがりだし……」
バロンとレジスタンス、徴税官と帝国兵の戦いが始まった。最後まで見届けたいところだが、この戦いは結末は決まっている。それに俺には俺の役目があった。