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・野犬にでも喰われてしまえ

 徴税官デキウスは20代半ばのまだ若い男だった。親は帝国議会の評議員で、彼は一人っ子。生まれた時からだだ甘やかされて育ってきた困ったお坊ちゃんだ。


 その男は目に付く民間人に手当たり次第に鞭を振るい、臨時徴収と称して商店に押し入っては、帝国軍と結託して金目の物を奪い取っている。


「ダハハハッ、今日は気分がいい!! 税金は財産の半分に負けといてやる!!」


「お、お待ち下さいっ、それを持っていかれたら商売が立ちゆきません……!」


「おっ、かわいい娘じゃねぇかっ、気に入った! こいつも一晩借りてくぜ、ダハハハハッッ!!」


 帝国兵が店主の小柄な若い娘を拉致すると、デキウスは半狂乱でそれを取り返そうとする店主に鞭でめった打ちにした。


「パパッ、パパァ……ッ!!」


「ダハッ、ダハハハッ、いい声で鳴くじゃねぇかよ、お前のガキはよーっ! こりゃ今夜の味見が楽しみだぁ……!」


 倒れ込んだ父親が顔面を蹴り飛ばされると娘は叫び声を上げ、外道たちへの服従を誓った。


『我が下僕よ、そちらの様子はどうだ?』


『特に変わりはない。過去最悪の徴税官に民は怒り狂っている』


『そうか、ならばよい』


『皆がバロンに希望を見い出している。バロンと竜の翼が助けてくれるとか、自分も竜の翼に加わるだとか……』


『素晴らしい。徴税官デキウスには感謝せねばならんな』


 イゾルテは約30分刻みで通信を送ってきた。口ではこう言っているが、民のことが心配でたまらないのだろう。


「許せない……許せない……もう、もう許せない……!! あいつらは私たちをなんだと思っているんだっっ!?」


「デキウスめっ、バロン様が黙っていないぞ!!」


「イゾルテの支配に今日まで甘んじてきたがっ、こんな目に遭うくらいならばっ、もう従ってなどいられるかっ!!」


 デキウスは商店をしらみ潰しに襲っている。目に付く商品を根こそぎ奪い取り、金庫を開けさせてそこから金貨の半分を奪い取った。


「おおっと、そこの女も気に入った! おい、一晩だけ俺にその女を貸しな!」


 商店の主人が『妻には手を出さないでくれ』と叫んでも、デキウスと帝国兵たちは笑い飛ばして実力行使に出るだけだった。


「デキウスくん、ワシはそこの小間使いが前々から気になっておってねぇ……どうにかならんかね?」


 デキウスには常に【将軍】と呼ばれる男が張り付いていた。将軍とは名ばかりの恰幅のいい男で、ファフネシア自治領における帝国軍の腐敗の主要原因と断言出来るほどの男だ。


「おお、バルドゥ将軍! そういうことならば喜んで! おいっ、その女も引っ立てろっ!」


「デキウス様っ、自分もこの町に欲しい女がいるのですが!」


「いいぞ、徴税官の名の下に許そう! その女も引っ立ててこい!」


「さすがはデキウス様、話がわかるぅ!!」


 程度の差はあれどイゾルテは3年間、帝国のこういった行いを堪えてきた。それがバロンの反乱によりもうじき終わる。


「止めろっ、俺の彼女に何をするっ!!」


「悪いなアンディ! お前の女、前からずっと食ってみたかったんだ! おっと、帝国兵に植民地の豚が刃を向けるか?」


 騒ぎを聞きつけて店の屋根から飛んできてみれば、先ほどの帝国兵と若い男から女を奪い取ろうとしていた。

 帝国兵は腰のグラディウスを抜き、石のナイフを握る若い男にそれを構える。


「逃げろっ、リーサ!!」


 彼氏はそう言うが、リーサという娘は腰を抜かして逃げられる状態ではなかった。


「雑魚の家畜が偉そうに逆らうか! いいぜ、お前を殺せばリーサは俺の物だ!」


 徴税官デキウスの来訪により、この国ではこんな悪夢があちこちで起きている。帝国兵たちにも紳士もいるが、大半はこのような連中だ。彼らは被差別階級ファフネシア人を露骨に見下していた。


「死んでもらうぜ、アンディ!!」


「や、止めてぇぇっっ!!」


 帝国兵が踏み込み、鈍色のグラディウスが恋敵の首を刈った。恋人たちの愛は引き裂かれた。


「ウゲェッッ?!!」


 いや、それ一巡目の世界の話だった。一巡目の世界の俺は、介入を迷っているうちにアンディを見殺しにすることになった。


 それが二巡目のこの世界では、帝国兵の重傷化に歴史が変わった。帝国兵の動きを鈍らせようと小さなシャドウボルトを撃てば、続いてその帝国兵の胸に石のナイフが突き刺さることになった。


「リーサッ、一緒に逃げよう!!」


「う、うん……っ、私のせいで、ごめんなさい、アンディ……ッ!!」


 恋人たちは逃げていった。刺された帝国兵は倒れ、空を見上げると、そこに肩の白いカラスを見つけた。


「お、お前、は……イ、ゾ……ゲハァッッ?!!」


 カラスは恋人たちの幸せを願って帝国兵を始末した。これまでは手を出せなかったが、これからは違う。

 ファフネシア自治領では数日中に反乱が起きる。竜の翼と、怒れる民が立ち上がり、独立戦争が勃発する。


「野犬にでも喰われてしまえ」


 カラスはその場を飛び立ち、徴税官の監視に戻ろうとした。


「カオス……?」


 いつからそこにいたのやら、路地裏に潜伏するプリムと目が合った。未来の俺の主人は不思議そうに敵であるカラスを見上げていた。


『イゾルテ、プリムが繁華街にいた。徴税官デキウスをはっていたのだろう』


『フッ、無茶をする姫君だ。……いよいよというわけだな』


『ああ、反乱が起きる。もう彼らは止まらないぞ、君が力を授けてしまったのだからな……』


『ご苦労。やっとこの肩の荷が下りる日が見えてきた……』


『それと、怒りに任せて帝国兵を1人ぶっ殺してしまった。愛し合う男女を、言葉そのままに引き裂こうとしていたので、つい……』


『ク、ククク……クククク……ッ!』


『イゾルテ……?』


『カオス、そなたは我のヒーローだ。その場で見たかったぞ、その惨劇』


 臨時徴収が行われているのはここだけではない。イゾルテが所有する荘園をのぞき、ありとあらゆる場所で順次徴収が始まっていた。


 バロンには追い風、我々には向かい風どころではない。足下が火事になるようなものだ。


『じきに日暮れだ、今日の臨時徴収はここまでだろう。帰ってこい』


『救いようもない世界だ……』


『じきにそれも終わる。バロンがファフネシアを救うのだ』


 人恋しくなったカラスは天高く飛翔し、主人が働く政務室へと帰った。


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