・【バトルステージ3】大いなる遺産 - 暴君との後日譚 -
海上要塞は鈍足で、海上への浮上を待つのに多くの時間を取られた。そのためイゾルテの政務室に帰って来れたのは日暮れ前のことだった。
「フッ、残りの仕事は自宅で済ますとするか。付いて来い、我が使い魔よ」
「……主よ、今日は貴方の肩に乗って帰っても、かまわないだろうか?」
「フンッ、好きにしろ」
イゾルテの肩に飛び移ると気持ちが少し落ち着いた。衛兵もメイドも庭師も何もかも、イゾルテを見ると震え上がる。不吉の象徴であるカラスがその肩にいると、彼らの畏れはますます強くなるようだ。
意地が悪いがこればかりはあながち悪い気分ではなかった。
「ふふふ……」
「イゾルテ……?」
帰宅するとイゾルテが豹変した。こちらが複雑な気分になっているというのに、イゾルテがいやに明るく笑うので驚かされた。
「カァくんっ、次はどんな子に変身するのっ!?」
「な、何……っ!?」
こちらが気分をブルーにさせているというのに、今夜のイゾルテは全開だった。
「私の目を甘く見ないで。貴方は戦いを乗り越えるたびに新しい力を身に付ける。そのくらいお見通しよ」
それはもうかわいい笑顔を浮かべるお姉さんがそこにいた。お尻を揺らしてそわそわする姿がカラスの目にも可憐に映った。
「もう少し、大きな者に化けれるようになるつもりだが……」
「そうっ、大きい子もかわいいものね……!」
「あ、ああ……。君の慰めになれるよう努力しよう」
そう伝えるとイゾルテは嬉しそうに笑った。どうも調子が狂うので報告に移るとしよう。
「先王の遺産だが、魔導機械兵を1体も損ねることなく、全てをバロンへ引き渡すことが出来た」
「そう、よかった!」
「海底要塞レムリスが浮上したことで、君が手配した全ての軍事物資もバロンの手に渡った。……結果だけ見れば、完璧だ」
圧倒的に数に勝る帝国軍だが、海上要塞で迎え撃つならば話は別だ。鈍足ではあるが、要塞そのものが海を動くというのも大きい。いざとなれば潜水することで緊急離脱も可能だ。
「やっと安心出来る……。あんなところに隠れたところで、帝国に気付かれれば軽く潰されてしまうもの……」
「いっそ潰されてしまえばいい」
感情的な発言をしてもイゾルテは微笑むばかりだった。俺が不機嫌なことをとっくに見抜いていたようだった。
「そんなこと言わないの」
「すまない。……ところで深部のあの遺書は、本当に先王が遺したのか?」
「ええ。全て私が保管して、あの遺跡の奥に剣と一緒に刺したの」
「君を討てとあったが、あれも先王の意志なのか?」
「ええ、それで完結する策だもの」
イゾルテは机に書類を並べ、ペンを取った。この期に及んで仕事を続けられるなんて強い女性だった。
カラスは肩に飛び移り、その頬を羽で撫でた。
「酷い男だ……。皆は先王を好いているようだが、やはり好きになれない」
「これは一国の王が命を差し出して実現しようとした策よ。私ごときが生きたいとか、愛する義弟に弁解したいとか、そういった情が入り込む余地はどこにもないの」
「人でなしめ……。そんな卑劣な命令さえ受けなければ、君もレジスタンスに加わり、バロンと共に戦えただろうに……」
気が散るのかイゾルテはペンを取め、肩から腕へとカラスを移した。
「ふふ……妬いてくれているの?」
「一般論で言ったのみだ。尽くした家臣には報いるべきだろう。君は幸せになるべきだ」
「もう、またその話……?」
不機嫌なカラスとは正反対にイゾルテは機嫌がよかった。怒るカラスにやさしい微笑みと言葉で返してくれた。
「ありがとう、やさしいのね」
「至極真っ当なことを言っているだけだ。この策は気に入らん。もっと幸せを求めろ、イゾルテ!」
「いいの。辛いのはこの国のみんなよ、私だけではないの」
結局意見が平行線になって、別の話をすることになるのも、いつものことだ。美しくやさしい女性イゾルテと共にその晩も穏やかなひとときを過ごした。




