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・カラスと、暴君を演じる悪役令嬢イゾルテ

 時刻は夜。そこは広々とした廊下を持つ立派な建物の中だった。守衛や使用人たちの姿もちらほらあり、彼らはイゾルテを見つけるとまるで人喰い鬼に出会ったかのように震え上がり、頭をたれてやり過ごそうとした。


「こっちだ、来い」


「あ、ああ……」


 イゾルテはせっかちな早足で廊下を進み、広い庭園を出ると彼方にある離れに向かった。

 どうやらそこが目的地だったようだ。玄関先までやって来ると彼女はそこで足を止めた。


「ここが我の住まいだ」


「ここが……? 意外にコンパクトだな……」


「広くする必要がない。この国の全土が我の庭であるのだからな」


 つまりは独り身ということだろう。家族がいればもっと大きな建物が必要になる。


「さっきの大きな建物はなんだ?」


「ファフネシア総督府だ。かつては王家の所有であったが、我が奪った」


「なぜだ?」


「王を裏切ってでも欲しかったのだ。この国の支配者の座が」


 イゾルテがドアノブのない扉に触れると、扉が消滅してその先に玄関が現れた。


「その代償が彼らのあの恐怖の目と怒りか」


「ククク……国民は皆、我を憎んでいるよ。100万回殺してもまだ足りぬと言われたこともある」


 イゾルテに中へと招かれた。その自宅はコンパクトではあったが、よく管理されていて内装もまた風流だった。


「俺はそんな独裁者の使い魔になってしまった、ということか」


 ならば覚悟を決めなければならないだろう。悪役の膝の上でふてぶてしくくつろぐ猫のように、こうなったら俺もまた悪の道を生きる他にない。

 そう覚悟しようとしたのだが――


「ええ、そうよ……」


 玄関先を抜けて魔法の扉が閉じると、突然イゾルテの声が別人のように弱くか細くなった。

 不思議に思いイゾルテの前に回り込むと、そこにひどく疲れた顔をした女がいた。


「イゾルテ……?」


「待って……ベッドで、話しましょ……」


「あ、ああ……」


 差し出された腕に止まると寝室に運ばれた。ダブルサイズのベッドにシルクのシーツが敷かれていて、それが月光に輝いていた。


「成功して良かった……。身体の調子はどう、カァくん……?」


「な、なん、だと……? カァくん……だと……?」


 疲れた女イゾルテは服を脱ぐとシルクのシーツを身体に巻き、カラスを枕元に手招いた。戸惑いながらも要求に応えると、その口元が弱々しく微笑む。


「綺麗な翼……」


「そうか? そう言われると悪い気がしない。だが、その変わりようはなんなのだ……?」


 総督府での姿が嘘のように清らかな女性に見えた。それがカラスを手に止まらせ、胸の上のカラスを見上げる。


「私、悪い女を演じているの……」


 弱々しいこの姿こそが本当の自分だとでもイゾルテは言いたいのだろうか。


「それはまた、なぜだ?」


「陛下の分身である貴方が、それを私に聞きますか……?」


「人違いだ。俺は元配達屋の――どうも状況を飲み込めていないただのカラスだ」


 『カァ』と鳴いてみたがしっくりとこない。俺はいったい誰だったのだろう。唐揚げが好きだったことは覚えているが、今となっては共食いだ。


「生前の貴方は【ファフネシア】の王にして天才的な軍略家でした。しかしどうしても勝てない侵略者【ロムルス帝国】を前にして、貴方は私にこうお命じになられたのです……」


「そんな記憶はない」


「貴方は『私の首を斬れ、イゾルテ。私の首を手土産にして、総督の地位を手に入れろ』とおっしゃいました……」


 反逆を命じたのはお前であるとイゾルテはカラスに言った。イゾルテはカラスの翼に触れて、腹の下の毛に指を差し込んだ。


「なんのためにだ?」


「ふふ……」


 鳥が好きなのだろうか。イゾルテは愛玩動物にいたくご機嫌だが、指で腹をまさぐられるのはカラスとして落ち着かない。


「て、敵に……っ、従う降りをするためか……っ!?」


「はい、そうです……」


「す、素直だな……? 俺に話してしまってもいいのか……?」


「私は……恨まれる役です……」


 彼女は悲しそうに笑った。総督府でのあの暴君そのままの姿は演技であるとでも言いたそうに。


あの子(・・・)が力を付けて反乱を起こすまで、この国の力を蓄えるのが、私の役割なのです……」


「あの子、とは?」


「義理の弟です……。今はバロン元王子と呼ばれています……」


 そこまで聞くと話がやっと見えてきた。なぜ彼女が人に恨まれる行動をわざと取っているのかも。


「その子が反乱を起こしたら、イゾルテ……君はどうなる……?」


「はい、あの子に喜んで討ち取られます」


「バカな! それでは反逆者のまま、誰も君の真実を知ることなく人生から退場することなるぞ!?」


 翼を広げて俺は怒った。『ガァ』と鳴いてそれは間違っているとイゾルテに主張した。だがイゾルテはやさしく笑うばかりだ。


「隣で見守っていて下さい……。そして私があの子に討ち取られたら、あの子を支えてあげて下さい……。貴方の胸には、先王の魂が宿っているのですから」


「だが君の幸せはどうなる!?」


「私には必要ありません……」


「バカか君はっ!? 弟と手を結んで戦えばいいっ!!」


 イゾルテはカラスを己の頬に寄せた。翼がそんなに心地いいのか、鼻息が少し荒い。


「それでは新政府の正当性が確保できません。私は必ず、あの子に討たれて、死ななければならないのです……」


 あまりの非情さに言葉を失った。イゾルテは一切の弁解をせず、暴君として誤解されたまま死ぬつもりだという。


 並大抵の人間ではとても堪えられない。命どころか、名誉まで捨てて裏切り者として果てろだなんて、この策を考えた先王とやらは最低の人でなしだ。


「何か力になれることはあるか?」


「話し相手になって下さい……」


「いいだろう。他には?」


「サポートして下さい。私と、あの子を……」


「救いのない結末は承伏しかねるが、わかった」


 出会ってまだ1時間も経っていないが、この女性を救いたくなった。

 人間の肉体に生まれたら人間らしい人生もあったのかもしれないが、今の俺はカラスであり彼女の使い魔だ。友達も、行くあても、明日の予定すらも何もない。


「あ、それと……」


「ああ、なんでも言え」


「貴方のおかげで眠れそう……。添い寝をしていただけると……」


「添い寝……? このカラスの身体で、か……?」


 カラスはイゾルテの胸の谷間に抱き込まれた。小動物を胸の上に抱いて寝たいという気持ちは俺にもわかる。だが……。


「すまない、やはり気が変わったので離してくれないか……?」


 いくらカラスになったからといって、女性の胸に顔を埋めて眠れるほどに俺は大物ではなかった。


「イゾルテ……? お、おい、狸寝入りはよせ……っ、お、おいっ!?」


 イゾルテは夜明け前までふわふわのカラスを胸元から離さなかった。


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