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・時を越えた手紙

 それから3日が経ち、塩漬け肉への加工がようやく7割方片付いた朝。イゾルテが色あせた手紙をテーブルに置いた。


 手紙は赤い蜜蝋で封じられており、3本の爪を模した紋章が刻まされていた。


「お願いしたいことがあるの」


「手紙か。やけに古いが、誰に届けるのだ?」


 俺はその手紙の正体を知っている。その手紙の差出人が、どうしても俺は好きになることが出来ない。


「竜の翼のいつもの間者に届けて」


「コンスタントのことだな。わかった」


「いくら用兵の天才と言われたバロンでも、今のままでは私に勝てない。勝てたところで、ロムルス帝国相手に独立を勝ち取るなんて無理。両国の兵力差は30倍を超えるもの……」


「救いようもない話だ」


「ええ……。そこで先王ロジェはあの子に大いなる遺産を遺した。あの子が帝国との独立戦争に勝てるように、大きな力を遺したの……」


 知らないふりを演じるというのもなかなかに難しい。表情のわかりにくいカラスでなかったら、ボロを出していただろう。それくらいに俺はロジェという先王が大嫌いだった。


「1つ聞こう。先王はなぜ、その大きな力を使わなかった?」


「体勢を整えるためよ」


「そのために自分の首を差し出し、君に犠牲を強いたと?」


「そうよ。それで独立を勝ち取れるなら安いものよ。最低限の犠牲でみんなの幸せを取り戻せるんだもの……」


 カラスは手紙の上に乗った。この手紙こそが【バトルステージ4】への通行手形だ。先王の計略通り、この手紙がもたらす遺産が竜の翼を勇躍させる。


「届けよう。だが言っておくぞ、イゾルテ。俺はこの手紙の主が大嫌いだ。君のようにやさしい女性にこんなことを強いるなんて、この男は間違いなく地獄の最下層に堕ちている」


「ありがとう……。この手紙を届ければバロンは必ず動く。あの子を導いてあげて、カァくん……」


「ああ、お節介ならば任せろ」


 手紙をくわえるとイゾルテの腕に飛び乗った。イゾルテは窓辺にカラスを運び、外へと腕を伸ばして天空へと飛び立たせた。


 大空とカラスを見上げるその女性の姿はとても暴君には見えなかった。



 ・



 隠し砦を訪れていつもの間者に先王の手紙を届けた。手紙を見ると彼女は驚きに息を呑み、しばらく黙り込んでしまった。


「大丈夫か、コンスタント?」


「はい……。ですが、あの方のお気持ちを思うと、胸が痛くて……」


「よくわかる。なぜあのような辛い役目を彼女が負わなければならないのか、この手紙の主を呪いたくなる」


「それはあの方が家臣団の中で最も優秀だったからです。バロン様に、お届けしますね……」


「ああ、高見の見物をさせてもらう」


 先王の手紙は直ちにバロンに届けられた。未来の英雄は塩漬け肉だらけの作戦室で、地図と資料を睨んで思慮を巡らせていた。


「バロン様、少しお時間をよろしいでしょうか?」


「…………え? あ、ええと、何?」


 集中すると人の言葉が届かない。バロンの性質は相変わらずだった。


「実は、先王陛下よりお預かりしていた手紙がございます。来るべき日が来た時、貴方に渡すよう仰せつかっておりました」


「これは、竜の爪の紋章……!? 本当に父上が、僕にこれを……?」


「先王様はこの手紙に勝利の鍵があると……。では、私はこれにて失礼いたします……」


 彼女が退室してもバロンはしばらく手紙を開封しなかった。それは偉大なる父親からの時を超えた手紙だ。独立の手立てが見つからず長く苦悩していた彼には、天からの救いの手紙も同然だった。


「ち、父上……」


 開封をためらっていたバロンがついに手紙の封を切った。その手紙の中にはこうあった。


――――――――――――――――――――――――


 バロンよ、息災にしているか。このようなことになってまったく残念である。思えば私は厳し過ぎる父親だった。お前にやさしくしてやれなかったことを今さらながら後悔している。


 いや、語り出せば切りがない。本題に入ろう。

 この手紙を記した現在、どんな戦術をもってしても帝国軍の撃退は不可能と私は断定した。この国は征服され、属国とされるだろう。


 だが暗闇だけが私たちの目前に広がっているわけではない。私は道半ばで散るが、ファフネシアにはお前がいる。お前には我らの遺産がある。


 我々は未来のために、ある古代遺跡に勝利の鍵を隠した。

 我が子よ、ファフネシアの白き慧智を持つ勇者よ。ごく少数の精鋭を揃え、彼の地に遺されし全てを受け継げ。我らの遺産は必ずや、お前を勝利へと導くだろう。


 バロン、お前は王子だ。この国を守護する重責を背負う者だ。民を守り帝国を討て。何を犠牲にしようとも、独立を勝ち取るのだ。

――――――――――――――――――――――――


 手紙の後半には地図が記されていた。

 場所は半島北西部、山林と海岸が入り交じる、誰も寄り付かないような辺境だ。


 バロンは二度、三度と手紙を読み返すと、手紙を机に置いて立ち尽くした。それから目元を拭い、父の遺してくれた想いを抱いた。彼はまだ17歳だ。10代にして親を失うのはさぞ辛かったろう。


「ずっと疑問だった……。あんなに賢い父上が、あんなに易々とイゾルテに討たれるなんて、変だと思っていた……」


 バロンは頭を抱え、テーブルの地図から総督府を探した。そこが裏切りの現場だった。


「わざとイゾルテに討たれたんだ……。イゾルテの反乱が成功すれば、帝国との戦争を避けられた……! 父上は自分の命を差し出して、自分の策を僕たちに遺したんだ……!」


 バロンはルディウスとプリムを作戦室に呼んだ。呼んだ彼らに先王の手紙を見せた。


「遺産……? 私は一言も聞き及んでおりませんが……しかし、手紙も字も、これはロジェ王の物で間違いありません」


「勝利の鍵ってなんだろ? あのおじさまが言うくらいだから、すっごいやつだろねっ!」


「行けばわかるよ。どの道このままじゃ勝てない。父上を頼ろう」


 彼らはごく少数の精鋭を揃え、明日すぐに遺跡探索を行うことに決めた。希望が彼らの顔に宿り、ロジェ王への信頼が将来を明るくしていた。


 よもやその手紙が長らくイゾルテの手元に保管されていて、自分たちがイゾルテの手のひらの上で踊らされていようとは、夢にも思っていないようだった。

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