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17/42

・悪の総督より反乱軍へ愛を込めて

 ある日、輸送隊の馬車が落石で立ち往生することになった。馬車およびその積み荷の所有者は総督イゾルテ。半島北部にあるタイス港より総督府の大倉庫へと物資の搬送中のことだった。


「その積み荷、僕たち竜の翼が貰い受ける!!」


「ごめんねっ、うちら今どーしてもそれが必要なのっ!」


「う、撃たせないでっ、どこに当たるかわかんないから……っ!」


 その輸送隊はレジスタンスによる襲撃を受けた。護衛は若い男女の剣士にまたたく間に武装解除され、積み荷の全てを強奪された。


「あれ、あのカラスって……カオス……?」


 全てを見届けたカラスはその場を離れ、目のいいプリムに『カァ』と鳴いてから主の元に引き返した。


「よくぞ戻った、我が使い魔よ」


「フッ、総督閣下にこのような所までご足労いただけて光栄だ」


 イゾルテは窓際に立ってカラスの帰りを待ちかねていた。彼女の腕に止まり、書斎机まで運ばれるとランプの上に飛び移った。


「して首尾は?」


「つつがなく完了した。ご命令通り落石を引き起こし、馬を影縫いで行動不能にした」


「そなたには容易いことだな」


「ああ。竜の翼は我々からのプレゼントをはしゃぐほどに喜んでいたよ」


 輸送隊の積み荷は岩塩だ。岩塩の本当の出所は港ではなく、総督府の大倉庫だ。我々はレジスタンスに塩を届けるために、回りくどい手順を踏んだ。


「こんな手順を踏まずとも、真実を明かしてバロンと手を結んだ方が早くないか?」


「戯れ言を。それが不可能なのは貴様もわかっていよう」


「暴君イゾルテを、征服された王朝の王子バロンが討つ。その奇跡が帝国に服従する諸国を勇気付け、独立戦争を有利にする。……醜い茶番劇だ」


 イゾルテは無表情で唇の前に指を立てた。お喋りなカラスは黙れだそうだ。


「バロンの監視は後でもいい。少し休んでいけ」


「そっくりそのまま言葉を返そう。休憩に付き合ってやるから、君こそ少し休め」


 イゾルテはテーブルを引き、そこから粟玉を取り出してカラスに与えた。グラスの飲み水も手に移して、やさしい微笑みを浮かべて飲ませてくれた。


「貴様には近いうちに再び暗躍してもらう」


「喜んで付き合おう。君の負担を減らせるなら本望だ」


 イゾルテはカラスの返答に表情を歪め、痛むのか左胸を抱えた。


「貴様を生み出して1つ後悔したことがある……」


「後悔? 造物主に言われたくはない言葉だ」


「我にやさしくするな……。貴様のそのやさしさは、かえって我を苦しめる……」


「それは悪いことをした」


 イゾルテには悪いが、俺は彼女の様子を内心で喜んだ。彼女の幸せを願う俺としては、頑なに忠義に殉じられては困る。

 まだ小さな反応だが、イゾルテが心変わりを始めているように見えた。


 カラスは彼女の肩に乗り、やわらかい翼で頬を撫でてしばらく慰めると、バロンの監視へと戻った。


 確かにバロンが仇討ちを果たせば、多くの者の慰めになるだろう。帝国に国を奪われたあらゆる王朝の希望となるだろう。帝国は各地の属国の独立を警戒して、十分な兵力をこちらに回せなくなるだろう。


 一人の女性が犠牲になればこの策は成就する。それでも俺は己のわがままを通す。どんな大義があろうとも、こんな策は許されなかった。



 ・



 レジスタンスは先日から肉屋に変わっていた。貴重な食肉をハムに加工するため、彼らは上から下まで総員が肉屋になった。

 彼らはワイルドボアを食肉に解体し、それに塩を揉んだ。拠点のありとあらゆる場所に塩漬け肉が吊され、辺りに生臭い臭いが立ちこめていた。


 俺が調子に乗って無限湧きするワイルドボアを狩りまくったせいで、拠点が肉で埋め尽くされていた。


「うぎゃーーっっ、もうヤダーーッッ!! お肉なんかもう見たくなぁいーっ!!」


「わ、わたしもです……。お肉の臭いが取れないです……」


「全部ジークのせいだよっ!! こんなに狩ってどうするのさーっっ!?」


「僕を狩りに誘ったのは君だけどね、プリム」


 反論するプリムにバロンは言った。これだけの食肉があれば、将来兵力が増えたときに必ず役に立つ。野菜と小麦だけでは人は生きられない、と。


「でもさぁ、なんかちょっと変じゃなーい?」


「変……? どういうこと?」


「都合が良すぎるっていうかさ、なんかあっさり岩塩も手に入っちゃったし。これ、ただの追い風で済む話なのかな……?」


 直感で動く女プリムは直感でそう言った。


「誰かが裏で糸を引いているってこと? でもなんのために?」


「もちっ、うちらを勝たせるためでしょ!」


 直感任せの返答にバロンは苦笑いを浮かべた。残念ながらと言うべきか、バロンがこの段階でイゾルテの真意に気付くことはない。バロンはイゾルテへの憎しみで目がくらんでいる。


 バロンは黙り込み、過集中に陥りがちの思考回路を巡らせながら、プリムとサリサと並んで塩で肉を揉み続けた。

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