・レジスタンス、先王の遺児バロンを迎える
その晩、バロンは農場を脱走した。サリサの手を引いて柵を越え、追っ手の監視を鮮やかに棒切れで撃退し、西へ西へと夜の街道を進んだ。
カラスは天から必死の逃避行をするバロンとサリサを見下ろし、追っ手があればシャドウボルトによる影縫いで足止めしてやった。
2人は4時間近くを歩き通し、もはや郊外とも呼べない田舎に落ち延びると、とある森に入った。
その森は【クァドヴァルト】と呼ばれる魔物の森で、人間の居住には本来適さない――だが集団が身を隠すには最適な土地だった。
「バロン、ほんとに、こっちでいいの……?」
「うん、仲間の目印がある。もう少しがんばろう」
「う、うん……バロンと一緒なら、わたし恐くないよ……」
その森の中には湖を中心とした開けた土地がある。反乱を決意した者たちはその地に集まり、彼らなりの家を建て、防壁を造り、そこに隠れ住んでいた。
戦力から台所事情まで、イゾルテに全て把握されているとも知らずに。
その晩、レジスタンス【竜の翼】の隠し砦に明かりが灯っていた。真のリーダーたるバロン元王子を迎えるために、砦の門が開かれ、総員が砦の入り口で待機していた。
そこにバロンとサリサの姿が現れ、まぶしいかがり火に目を細めた。レジスタンスの者はバロンの到着に声を上げ、彼の名前を連呼して迎え入れた。
「バロン様、お待ちしておりました」
「ルディウス宰相、僕とサリサは今夜正式に【竜の翼】に加わります。若輩者ですが、どうかよろしくお願いします」
「何を言われますバロン様、我らは貴方に仕えるために準備に準備を重ねてきたのです。今日より貴方様が【竜の翼】のリーダーです」
大きな歓声が上がった。森の外の者に気付かれたりしないかと、余計な心配をしてしまうほどに、人々はバロンの参入に興奮し切っていた。
「バロン様、貴方にお会いしていただきたい方がいらっしゃるのですが……」
そうルディウスがバロンに伝えると、おとなしくしていられなくなったのか、そこにプリメシア王女が飛び込んで来た。
「バロンッ、助太刀に来たよ!」
「プ、プリムッ?!」
「えへへ、驚いた!? うちもバロンの反乱に加わるからよろしくね!」
「え、ええええーっっ?!!」
3年ぶりに出会った婚約者は何も変わっていなかった。プリムは婚約者との再会に彼の手を取って喜ぶと、続いて後ろで小さくなっていたサリサの前に踏み込んだ。
「あ、あう……!?」
「あ、ごめん、脅かしちゃった……? うち、プリメシア! バロンの元婚約者でっ、サリサのライバル! 正々堂々よろしくね!!」
「え!? あ……あ、あたし……。よ、よろしくお願いします、お姫様……」
現役の姫君で、元婚約者。そんな相手とバロンを突然奪い合うことになって、サリサは萎縮してしまった。
そんなサリサの手を取ってプリムは笑う。
「ね、あっちで話そうよ! バロンも新リーダーの仕事があるみたいだし、いこっ!」
「は、はい、姫様……」
どちらを追いかけるか迷ったが、バロンの監視を続けた。
「バロン様っ、あん時は助けてくれてありがとうよっ!」
「あたしらも手伝うよ! チビたちが娼館に売られるところだったんだっ、あたしらも頭にきたんだよ!」
砦にはあの日、奴隷として監禁されていた者の姿もあった。イゾルテは駐屯地の帝国軍から彼らを保護すると、わざと警備に穴を空けて脱走の機会を作った。
「皆さんまで、竜の翼に……」
「そうさ、子供にまで手を出すなんてもう許せねぇ!」
バロンはしばし言葉を失った。どうやら風向きが少しずつ変わってきているようだった。イゾルテと帝国に恐怖してきた民が今、敵に激しい怒りを燃え上がらせている。
「わかりました。皆さんがそこまで決意されたのなら、僕も元王子としての努めを果たします。やるからには勝利をお約束します。若輩者の僕をどうか皆さんで支えて下さい」
静かに、だがはっきりとした声でバロンがリーダー就任に応じると、再び隠し砦に大歓声がとどろいた。
イゾルテの使い魔である俺としては、非常に複雑なところではあったが、バロンはイゾルテが願った立派な男子に成長していた。
「おめでとう、バロン。これで我々は晴れて敵同士だ」
カラスは小声でつぶやき、闇の中からバロンを青い目で見つめた。
バロンとイゾルテ。この義理の姉弟が幸せになる未来を実現しよう。
そう遠くない未来、この反乱は成功する。そしてバロンは義姉の真意に気付き、真の忠臣を殺めてしまった己の罪を知る。あんな顔をしたバロンを二度も見たくない。
カラスは静かにトモダチを見下ろしていた。