・転生したら暴君の使い魔だった
王を裏切り孤独な独裁者となった悪役令嬢を、カラスが愛とレベルとスキルツリーで救うお話です。
通常の悪役令嬢とは異なり、彼女はゲームの主人公である弟に討たれることを望んでいます。
そんな彼女にカラスが愛をささやき、彼女の運命を変える物語となります。
土砂降りの雨に全身ずぶ濡れだった。ロードバイクの細いタイヤは悪路に弱く、雨天ではブレーキの性能も極端に落ちる。砂利道なんて走った日には目も当てられない。
いくらクライアントの荷物を急いで届けたかったとはいえ、視界の悪い豪雨の中を無理に走るのは賢明ではなかった。
本人なりには安全運転をしているつもりだった。しかし走り慣れたいつもの急カーブに、まさか今日に限って小石や砂が散乱しているだなんて夢にも思わない。
「しま……っっ?!」
前輪が砂利の上をザラリと滑った。ブレーキをかけても時遅く、慣性の力がロードバイクをガードレール側に吸い込んだ。
普段ならば崖下の町並みに目を奪われることもある絶景の右折路。崖の真下はアスファルトの舗装路になっており、そこに自分が落ちるだなんて平時は考えもしない。
「ぬうおおおおおおーっっ?!!!」
だがその日は違った。ガードレールへの激突で車体から身を投げ出され、痛いじゃ済まない向こう側に飛んでしまった。
そこから先は説明するまでもない。空を飛んだ男は死ぬほど痛い目に遭って、結局どうにもならずに死んだ。
今では死んでしまった事実よりも、待っている顧客に荷物を届けられなかったことの方が無念だった。
・
それからどれだけの時が流れたのかわからない。目覚めるはずのない意識が再び目覚めると、俺は暗闇の中にいた。
「前王の遺骨を使うなどと……なんと冒涜的な……」
「女狐めっ、今に覚えていろ……っっ」
紺色のローブをまとった者たちが俺を囲み、念仏のようにブツブツと何かを唱えていた。
不思議なことに俺に手足はなかった。身体もなかった。何もない空間にふわふわと浮かぶ何かが今の俺だった。
「よせお前たちっ、イゾルテに聞かれるぞ……っ」
「だがこんなことは、許されない……!」
「前王の遺骨を己の使い魔にするなどっ、あの浅ましい裏切り者め……っっ」
詠唱者たちは怒り心頭だった。イゾルテと呼ばれる者に激しい怒りを覚えながらも、従う他にないといった様子に見えた。
そのイゾルテとおぼしき女はしゃがみ込んで身を屈めていた。それが身を起こし、顔を上げると詠唱の言葉が途絶えた。
「王よ、我、総督イゾルテの使い魔となりて、未来永劫奴隷として仕えよ」
ゾッとするほどに冷たい言葉だった。髪は暗い青色、目付きは鋭く、苛烈な気性が顔にそのまま出ているような人物で、その目は満月のように明るく輝いていた。
年齢は20代前半くらいだろうか。美人だが痩せていて、いやに陰気な雰囲気からか病人にすら見えてくる。
服装は華やかな軍服姿。3本の爪を模した勲章を胸に身に付けていた。
「恐ろしい女よ……」
黒づくめのローブをまとった怪しい神官がそうつぶやくと、祭壇――と言っていいのかわからないが、俺が浮かぶ場所にダークライトのような暗い輝きが生じた。
「覚えていろよ、イゾルテめ……っ」
黒い神官はイゾルテの味方。他の者は無理に従わされているようだった。
イゾルテが腕をこちらに差し出すと、暗い輝きが次第に暗く沈んでゆく。
ほどなくして黒い神官は言った。
「ほぅ、カラスか……。前王の遺骨をカラスに変えるとは、良い趣味をしている……」
そこに現れたのはカラスだったらしい。詠唱者たちはカラスの姿を見ると歯ぎしりを鳴らして怒り、イゾルテの腕に止まっていたカラスは彼女の顔の下に引き寄せられた。
そのカラスは俺自身だった。美しいがあまりに冷たく恐ろしい女に俺は見下ろされた。そして彼女は唇だけを動かして何かをつぶやいた。
『ロジェ様……弱い私をお許し下さい……』
読み間違えかもしれない。そのような言葉を発する人には到底見えなかった。
「カラスよ、名はあるか?」
イゾルテは高圧的にそう問うた。機嫌を損ねれば何をするかもわからない、危険な女が氷の目で返答を待っていた。
「あったはずだが、どうも思い出せない」
「そうか、ならば貴様は今日よりカオスと名乗れ。闇より生じし貴様に相応しい名であろう」
「お、俺が、カオス……?」
残念なことに俺の手は何度見ても、黒く輝く翼に変わったままだった。たかがカラスごときに混沌だなんて、中二病が過ぎないだろうか。
「ククク……諸君、ご苦労であった。諸君らの敬愛するロジェ王の遺骨は、たった今このカオスそのものとなった。見よ、この黒く汚れた翼を! 不吉の象徴を!」
カラスは薄暗い広間で高々と掲げられた。せっかくなので翼を大きく広げて、くちばしを開き、イゾルテの中二病に付き合っておいた。
「先王の遺骨にこのような仕打ちを……っ、ええいっ、もはや許せんっっ!! イゾルテッ、この裏切り者めがっっ!!」
するとファンタジックな暴力沙汰に発展した。従わされていた男が手のひらに炎の球体を生み出し、それをイゾルテに撃ち出した。
まさかのファイアーボール、まさかの凶行にカラスは驚いたが、イゾルテはマントだけでその火球を弾き飛ばすという、まさかの私TUEEEをしてのけた。
「我が魔導師団が一員よ、今、何かをしたか?」
「くっ、くぅっ……!?」
一瞬でイゾルテの身体がひらめき、反逆者の喉元に薄紫色の剣が突き付けられた。
ちなみにカラスは広間の天井に投げ飛ばされ、腕からの荒っぽい巣立ちを強いられた。
「魔導兵は貴重、今回は不問としよう。だが次少しでも逆らえば、貴様の家族を強制労働所送りとする」
たった一言でその反逆者の心は折れた。怒りをかみ殺し、イゾルテに許しを乞うた。黒い神官は高笑いを上げて屈服者を笑い飛ばし、暗いこの広間を出て行った。
「カオス、我と共に来い」
「どうやら貴女には従っておいた方が良さそうだ」
「左様。我はイゾルテ、この国の総督にして独裁者。ローストチキンになりたくなければ、我の機嫌を損ねぬことだ」
まだ慣れない翼を羽ばたかせて、イゾルテの背中を追って広間を出た。どうやら俺はわけがわからないうちに、悪人たちの使い魔にされてしまったようだった。