母さんとの別れ
母さんを連れ道場の入り口近くへとやって来た。
「ここでいいわ」
母さんはそう言って俺の肩から腕を外すと、その場に横になった。
「夜空が綺麗ね。こんな場所でこんな景色を観れるなんてラッキーね」
「うん」
俺と葉月は母さんの横に座って返事を返す。他のみんなは俺達の為に、周辺の警戒をしてくれている。
「2人とも、昔みんなでこんな夜空を見たの覚えてる?」
「たしか、父さんが突然キャンプに行くって言い出した時だっけ」
俺はそう返事を返す、葉月も隣で涙をこらえながら頷いていた。
「そうそう。あの時は、雨が降ってきたりで大変だったわ。でも、雨が止んだ後に、夜空一面にこんな星空が見れたのよね。また家族でこの景色を観たかったわ」
「父さんとはちゃんと話はできたの?」
「ええ、だから心配しなくて大丈夫よ。そうだ」
母さんは先ほど使っていた携帯電話のような物を俺に手渡してきた。
「衛星電話よ、これで今後パパとやり取りしてちょうだい。使い方は葉月にこの前教えたから、葉月に聞いてね」
俺は頷いてそれを受け取った。
「葉月」
涙をこらえていた葉月の名前を母さんが優しい声で呼ぶ。
「葉月は今日の事を後悔するわ、でもね私はそれを望まない。言ってどうにかなるとは思わないけど、それだけは分かってちょうだい」
「う、うん」
絞り出すように葉月はそう返事を返す。
「葉月、貴方は強い子よ。今日の事もきっといつの日か乗り越えて、さらに強い子になると信じているわ。だから、今は笑ってちょうだい、ママの最後の願い」
葉月は涙を必死に我慢しながら母さんに向け満面の笑顔を向けた。
「やっぱり私に似て可愛い子ね」
母さんは少し体を起こし、葉月をそう言って抱きしめる。そんな母さんの目から涙が流れていた。
母さんだって俺達と死に別れることが辛くないわけがない、俺達と同じ気持ちなんだ。
「ケホッ!ケホッ!」
母さんはせき込むと口元を手で抑える、その手には吐血により血が滲んでいた。
「母さん!」
「ママ!」
俺と葉月の言葉に母さんは、気丈に笑顔で返事を返してきた。
「ホントに時間がもうないみたいね。新には言いたいことがありすぎて、時間が足りるかしら」
「そんなのいくらでも聞くから!死なないでくれよ母さん」
俺の言葉に母さんは優しく微笑むと、ゆっくりと話し出した。
「そんな無理なわがまま言わないで、新もわかってるでしょ。新はホントにパパにそっくりね、無茶なことを言ったり、顔も、性格も、パパにホントによく似ているわ。だからね、新はちゃんと努力すればどんな事だって出来る人間になれる。この先は自分を信じて、自分の思うままに生きなさい」
「俺、今はまだ何も出来ないけど、いつかは母さんや、父さんような立派な人間になるから!だから、心配しないで」
俺は溢れ出そうになる涙をこらえながら、笑ってそう母さんに返事を返す。
母さんの最後の時に涙なんて見せられない、最後は笑って見送ってやるんだ。
「もっと沢山2人には言いたいことがあるんだけど、そろそろ時間みたい。誠君、武田君を呼んできてもらえる?」
その言葉を聞いた誠は、道場の方へと走って行った。
「新、葉月」
母さんに優しく名前を呼ばれると、母さんに抱きしめられる。
「愛してるわ。死ぬまで愛してる。このまま時間が止まればいいのに、、、」
そう呟く母さんの目から涙が流れ落ちていた。俺と葉月は母さんを強く抱きしめ返す。
「私もママの事大好き!」
「俺も母さんのこと、世界で1番の母さんだって思ってる」
「2人とも、ありがとう」
暫く抱きしめ合っていると、武田さんを連れた新が戻って来る。母さんは俺達を離すと。
「武田君、申し訳ないけど私の最後の始末をお願いできないかしら」
母さんはそう言って武田さんにナイフを手渡す。
「了解しました」
武田さんはナイフを受け取り、少し離れた位置に移動した。
「やりたい事、やらなきゃいけない事、沢山あったけど。最後は沢山の子供達に囲まれて逝けるなんて、私は幸せ者ね、、、。みんなありがとう、、、」
母さんはそう言うと、先ほどまで空を見上げていた瞳がゆっくりと閉じられた。
「か、母さん?」
俺は母さんの胸元に耳を当て心臓の音を確認する。母さんの心臓の音は聞こえない、完全に心臓が止まっていた。俺の行動を見ていた武田さんがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「2人共離れるんだ」
武田さんの手には先ほど母さんから手渡されたナイフが握られている。
「武田さん、その役目俺がやります」
「ダメだ!子供にそんなことさせられない!これは大人である俺の役目だ」
武田さんは少し声を荒げ、俺を宥めるようにそう言ってきた。それでも俺は食い下がる。
「俺達の母さんなんです!母さんだけは自分の手でしっかりと送ってやりたいんです!だから、お願いします」
「しかし、、、」
俺の覚悟を決めた表情を見た武田さんは、言いかけた言葉を途中で止める。武田さんは少し考えた後、また話し出した。
「本当できるのかい?」
「はい」
覚悟を決めた表情の俺が返事を返すと、武田さんはナイフを俺に手渡す。俺はそれを受け取る。
俺の前にはもう体温も下がり冷たくなった母さんがいる。俺はこのナイフを母さんの後頭部に突き刺すんだ。大丈夫だ出来る。
俺はしっかりとナイフの柄を握り締める。そして、ナイフの先端を母さんの後頭部へ突き立てた。
「お兄ちゃん、、、」
多分俺は今泣いているのだろう、泣きながら母さんにナイフを突き立てているのだ。
流れ落ちてくる涙を洋服の肩口で拭き、母さんに目を向ける。母さんの表情は死んでいるのに、どこか幸せそうな微笑みを浮かべていた。
本当に死んでるのかよ、なんでそんな幸せそうな顔してるんだよ。なあ母さん答えてくれよ。
行動に移せない俺のナイフを持つ手に、誰かの手が添えられた。
「葉月」
「お兄ちゃんだけが背負わないで、私にも背負わせてよ」
隣で泣いていた葉月がそう俺に伝えてくる。
「ああ」
2人でナイフをしかりと握り直す。
「母さん、安心して眠ってくれ」
「ママ、大好きだったよ」
ザクッ!
俺と葉月の持ったナイフが母さんの後頭部を突き刺した。
もう母さんに怒鳴られることも、優しく名前を呼ばれることもない。母さんは完全に死んだんだ、俺達の手で確実に止めを刺した。俺の手には母さんを刺した感触がしっかりと残っている、この感覚だけは一生忘れることはないだろうな。




