ペナルティー 後編
俺が二人の傍まで近づくと。
「ママ、、、腕が」
母さんの左腕にデットウォーカーが噛みついており、その腕からは血が流れ落ちていた。
母さんが、、、噛まれた?
俺の頭の中は真っ白になっていった。葉月はその場で涙をポロポロと流してる、母さんは噛みついているデットウォーカーを引き剝がし、葉月を抱きしめる。
「大丈夫よ、そんなに泣かないの、葉月は泣き虫ね。まだ、戦闘は終わってないわよ」
母さんはそう言って葉月を抱きしめたまま立ち上がる。少し遅れて、何人かがこちらに走って来くる、雪音達だった。その場の全員が何が起きたのか瞬時に理解した。
「皆さん!このまま1度道場まで避難します!」
母さんは俺に葉月を預けると、そう言って先頭を歩き出した。
「陣形は維持したまま進むわよ!雪音ちゃん悪いけど新の代わりを務めてもらえる?」
「は、はい」
俺はまだ状況に思考が追いついておらず、生存者の塊の中で葉月を支えながら足を進める。先頭を歩く母さんの左腕からは血が今も滴り落ちている。
分かっているはずだ、噛まれた人間がどうなるのかを、俺は分かっているはずだろ!
頭では分かっていても、感情が追い付かない、わけが分からないのだ。なぜこうなった?
気が付くと、俺達は道場の前までたどり着いていた。
「申し訳ないけど、入り口の守りは武田君達にお願いできるかしら?」
「はい!任せてください!」
ダーサンズは道場の入り口で待機し、俺達は道場の中へと入って行く。
道場に入る際、武田さんはとても辛そうな表情をしていた。
道場の一角で俺達は座っている、母さんの手当てを雪音の父和彦が行っていた。
確か雪音の父は医者だったか。
「傷は深くありません、止血はしました、これ様子を見てください」
母さんの左腕に包帯を巻き終え、和彦がそう言った。しかし、この場の全員の晴れない表情をしている。原因は簡単だ、母さんの傷は、デットウォーカーに噛まれたことで出来たものだからだ。
「みんな暗い顔してどうしたの?」
何時もの穏やかな表情で母さんが俺達に問いかける。
「私のせいで、、、ママが噛まれちゃったんだよ!」
俺の隣でずっと泣いていた葉月が発言する。
「葉月のせいじゃないわよ」
「そんなことない!私が油断してたからママが噛まれちゃったんだ!」
あふれる涙が止まらないまま、葉月は母さんにそう訴えかける。
「もし、私じゃなく葉月が噛まれていたら、私は死ぬほどつらい思いをしていたわ。だからこれはね、葉月を守ることが出来たから負った傷よ。私としては名誉な勲章みたいなものね」
「それでも私が、、、」
葉月の感情はぐちゃぐちゃになっており、それ以上の言葉が出ないようだ。見かねた俺が母さんに話しかける。
「なんでそんな平然としてられるんだよ、噛まれたらどうなるか、母さんだってわかってるだろ!」
俺も感情の整理ができておらず、声が荒ぶってしまう。
「そうね、、、今ここに居る家族全員が無事だからかしらね。私は、私が守りたいものを守れたことが、何よりも嬉しいのよ。まぁ、もう少しみんなの事を鍛えてあげたかったけどね」
「みんなの命が無事なら、自分の命はどうだっていいのかよ!」
俺がそう訴えかけると、母さんは少し困った表情を浮かべてこう言った。
「そうね。新にはまだ理解できないかもしれないけど、親として子供の命以上に大切な物なんてないのよ。こうやって今、葉月が無事なら私の命なんて安いもんよ」
母さんが言っていることは少し理解できる、家族を守る為なら俺だって身を挺していただろう。でも、納得はできない。あの時俺が確実にデットウォーカーを仕留めることが出来ていたなら、こんな結末にはならなかったからだ。
俺の心の中は絶望と後悔でぐちゃぐちゃになっていた。
「みんなちょっと席を外してもらえる?最後に話したい人がいるから」
母さんはそう言って懐から携帯電話の様な物を取り出す。全員が察してその場を立ち上がる、俺も葉月を連れ、少し離れた位置に移動する。
きっと父さんと話をするのだろう。話を聞いた父さんはどう思うのだろうか?俺の様に後悔するのだろうか?
「なぁ葉月、今回の事はお前だけの責任じゃない。俺にあの状況をどうにかする力があれば、こんなことにはならなかったんだから。俺にも責任があるんだ」
俺は隣で今も泣いている葉月にそう言って聞かせる。
「私が全部悪いに決まってるじゃん、お兄ちゃんにあの状況でどうにかできることなんてなかったよ」
「そうだな、今の俺にどうにかできるなんて思ってない。でも、俺が稽古を続けていたらどうにかできたかもしれない、そう考えると俺は自分が稽古から逃げ出したことに後悔しかないよ。だから、自分だけの責任だって思うな」
俺がそう言うと葉月はまた黙ってしまった。
「辛いこと言うぞ、母さんは確実にこの後死ぬ」
改めて俺がそう告げると、葉月は表情を更に暗くした。そんな葉月に俺は話しかけ続ける。
「葉月がずっと泣いていたら、母さんだって心配で安心できないだろ。だからさ、最後は泣いている顔じゃなくて笑っている顔で安心させて見送ってやろう」
葉月は俺の話を聞くと、必死に涙をこらえようとしていた。
「わかった」
小さい声で葉月はそう返事を返してくる。俺はその返事を聞いて、葉月の頭を撫でてやることしかできなかった。暫くして、母さんがこちらに手招きしているのが見え、俺達は母さんのもとへと戻る。他のみんなも俺達が集まったのを察して、母さんのもとへと集まって来た。
「みんな集まってくれてありがとうね。ケホッ!」
母さんがそう言うと突然せき込み始めた。雪音と一緒ついて来た和彦が慌てて近づくが、母さんが手で制する。
「大丈夫です、私の体の事は私が1番わかっているから。そうね、あまり時間もないみたいだから、みんなに伝えたいこと伝えさせてもらおうかしら」
母さんの顔色は先ほどに比べ明らかに悪くなっているのが分かる。これがきっと母さんとの最後の会話になるんだとみんなが感じ取っていた。
「誠君、初めて会った時、新の友達って言ってくれて私すごく嬉しかったの、新は高校に入ってからは自分の部屋に閉じこもってばかりだったから。新と友達になってくれてありがとね。誠君はきっと強くなる才能がある。私が保証するから、この先も精進を怠らないようにね。最後に、これからも新の事お願いできるかしら?」
「はい!」
そう強く返事を返した誠の目にも涙が流れていた。
「青山先生、先生はちょっと頼りないけど。大人として子供たちの事を、この先も見守ってくださいね。子供たちが困っている時は、大人としての意見でみんなを導いてあげてください。今後も子供たちの事よろしくお願いします」
「わかました」
青山先生は何時もの青い表情ではなく、真剣な表情で返事を返した。
「秀樹君、君はちょっと真っすぐすぎるわね。きっとこの先その性格のせいで、誰かとぶつかる事もあると思うわ。でも、貴方はそのままでいいわ。自分をしっかり持って、自分を信じて生きていきなさい。でも、麻陽瑠ちゃんをあまり心配させないようにね」
「オッス!」
秀樹も少し目元に涙が見えたが、ただ力強く返事を返した。
「麻陽瑠ちゃん、貴方はあまり感情を表に出すのが得意じゃないわね。でも、貴方が誰よりも、家族を大切に思っていることは、ちゃんと伝わって来てたわよ。これからも、秀樹君を傍で支えてあげてちょうだい」
麻陽瑠は黙って母さんの話を聞いていたが、話を聞きを終えると強く頷いた。
「雪音ちゃん、貴方の事は小学生の頃から面倒を見てきたわ。だから、貴方には強い力があるわ、この先みんなの力になってあげてちょうだい。でも、あの刀に頼った戦いを続けたら身を亡ぼすわ、刀に頼らず己の力をしかっりと磨いて行ってちょうだい。あと、早く新と仲直りしてね」
「はい、分かりました」
雪音は涙を流しながら、母さんとしっかり視線を合わせて返事をした。
「ふぅ。長々と話しちゃったわね。新、少し夜風に当たりたいから、連れて行ってくれる?ちょっと1人では歩けそうにないから」
「ああ」
俺は母さんに肩を貸し、全員で道場の外へと向かって行った。




