第9話:あなたに、もう一度会えたなら
わたしの名前は、花音。
現実では、声を失った少女。
でも、バーチャルでは――ユイという名前で、歌を届けている。
わたしの声は、もう喉からは出ない。
けれど、心の奥から生まれた想いが、**“ユイの歌声”**として、確かに誰かのもとに届いている。
それだけで、十分だった。……本当は、そう思ってた。
でも。
「……やっぱり、君だったんだね」
――Kael。
わたしの配信に、いつも寄り添ってくれていたその人が、**“美音”**だと知ったとき。
時が止まったように、胸が震えた。
中学の合唱部で、いちばんそばにいてくれた親友。
事故でわたしが声を失ったあと、会えないまま、時間だけが流れていった。
まさか、**画面の向こうで、彼女が“ずっと見守ってくれていた”**なんて。
「美音……」
わたしは、画面の中の彼女に、そっと手を伸ばした。
もちろん、触れることなんてできない。けれど、気持ちは、何よりも近くにあった。
数日後。
わたしは、いつものように、陽菜ちゃんとカフェで落ち合っていた。
「本当に……Kaelさんが“美音ちゃん”だったなんて、ドラマみたいだよね」
陽菜ちゃんが興奮ぎみにそう言った。
わたしはスマホの画面を見つめながら、うなずく。
【……わたし、会いに行こうと思う】
小さく手話でそう伝えると、陽菜ちゃんは目を丸くした。
「え? 本当に?」
【うん。声はなくても……伝えたいこと、あるから】
あのとき、あの合唱祭で一緒に歌った曲。
わたしたちが最後に手を取り合って、笑い合った日。
もう一度、彼女の前で、自分のすべてをさらけ出してみたいと思った。
仮想の世界じゃなくて、現実のわたしとして。
“花音”として――。
その日の夜、わたしはユイとして配信を開いた。
「こんばんは、ユイです。今日は、ひとつ、お知らせがあります」
AIボイスがわたしの代わりに、慎重に、でも凛と響く。
「これまで、わたしは“声を持たない存在”でした。でも、あなたたちがくれた愛で、今、現実の世界でも、前を向く勇気をもらいました」
コメント欄が静かに揺れる。
「だから、しばらくの間……ユイは、少しだけおやすみします」
……え?
流れ始めたコメントが、わたしの胸に刺さる。
「待ってるよ」
「戻ってくるって信じてる」
「ユイの歌が、わたしの生きがいです」
「ありがとう。そして、行ってらっしゃい」
涙が止まらなかった。
どんなに“声”がなくても。
“ちゃんと伝わってた”って、いまここに証明された気がした。
画面の向こうにいる誰かと、こんなにも確かに心が結ばれるなんて――
わたし、もう、逃げない。
美音に、会いに行く。
“わたしの名前”を、ちゃんと伝えるためにも。




