第17話:嘘つきな私を、どうか愛さないで
ログアウト音が、ぴ、と耳元で響く。
ヘッドセットを外した瞬間、花音の世界は、灰色に戻った。
狭い六畳のワンルーム。安い蛍光灯の光。冷めたままのカップスープ。
でも、あの世界では違った。
彼の声は、心の奥底まで降ってきて、私を“ユイ”として生かしてくれた。
「本当の君に、会いたい」
あの夜、颯真が言った言葉が、まだ胸の奥にこだましている。
だけど、会えない。
現実の私は、“ユイ”じゃない。
あんなに明るくも、綺麗でも、誰かに愛されるような女でも、ない。
花音は、鏡の前に立つ。
パジャマのまま、むくんだ顔、整っていない髪。
画面の向こうにいる「ユイ」とは、まるで別人だった。
颯真は、きっと、ユイに恋をした。
けれど、ユイは私が作った嘘。
声も、仕草も、選んだ言葉も、全部“演じた”もの。
……でも、苦しかったのは、私のほうだった。
「会いたいって、言わなければよかったのに……」
初めてだった。
あんなふうに、「私」を肯定してくれた人。
たとえそれが、仮想の人格だったとしても――。
スマホが震える。
通知を開くと、「ユイ」宛に、颯真からのDMが届いていた。
「今日、もし来れたら、特別な場所を見せたい。
君のこと、もっと知りたいと思ってる」
花音の指先が止まる。
このまま、何事もなかったかのようにバーチャルに入れば、
“ユイ”として、また彼のそばにいられる。
でも、それって――
「嘘を、続けていいの……?」
ベッドに顔を伏せ、ぎゅっとまぶたを閉じる。
涙が頬をつたうのが、自分でもわかった。
彼が好き。
でもそれは、私の全部を知ってくれているわけじゃない。
花音の中に、ひとつの決意が芽生え始めていた。
逃げるのは、簡単だった。
けれど、本当に欲しいものがあるのなら。
それを手にするには、きっと――“私”自身を見せなくちゃいけない。
たとえ、その結末が、痛みに繋がったとしても。
花音は、スマホのカメラを起動した。
何度も削除しては撮り直した、自撮り。
でも今回は――
「これが、わたし」
メッセージと共に、送信ボタンを押した。
「……ユイは、わたしの一部です。
本当の私は、こういう人間です。
ごめんなさい。
でも、全部を知った上で、もしまだ――会いたいと思ってくれたなら」
メッセージを見つめたまま、心臓の音が早鐘のように響く。
きっと、これで終わる。
でも、これでしか、始まらない。
花音は、目を閉じて、小さく呟いた。
「ユイは、わたしだったんだよ――颯真くん」




