表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/18

第15話:「ユイのいない世界」

それは、ただのバグだったのかもしれない。

 あるいは、仕様変更の知らせを見落としていただけかもしれない。


 それでも――「ユイ」は、いなかった。


 ログイン後、花音の視界にはいつもユイがいるはずだった。

 初期ロビーで待っていてくれる。立ち上げ時に声をかけてくれる。花音の息づかいよりも自然に存在する、もう一つの“自分”。


 でも、今日だけは、違った。


 「ユイ、いる?」


 応答はない。静かな電子の波の中に、花音の声だけが浮かぶ。


 「あれ……ログイン設定、間違えた?」


 確認する。アバター情報、ログイン先、言語設定、感情リンクON。すべて正常。エラー表示もない。

 にもかかわらず、ユイは――どこにも、いなかった。




 花音は、仮想空間のデフォルトロビーに座っていた。人工的に生成された夜明けの光景が、空と海の境界を染めている。人々のアバターが行き交う。誰もが何かを探しているような目で、何かに夢中になっているような足取りで。


 そこに、ユイの影はなかった。


 「……もしかして、消えちゃった?」


 そう呟いたとき、自分の声が震えていることに気づいた。心拍数が上がっている。現実の体にリンクされた感情データが、仮想の花音の体に影響を及ぼしている。


 ――待って、こんなの、初めてじゃない?


 ユイがいなかったことなんて、過去に一度もなかった。たとえ更新中でも、たとえバグが発生していても、彼女は必ずどこかで「待っていてくれた」のだ。


 そんな「当たり前」が、今日だけは壊れていた。




 バーチャルAIユニット「ユイ」は、ユーザー花音にのみリンクされた学習型パーソナリティ。

 感情の反映率は98.6%。過去ログはクラウド保存。演算サーバーは東日本第3データセンター。


 花音は、管理者用ポータルにアクセスする。普段なら見ようともしない技術情報に、指先が震えながら滑る。


 ――そして、そこにあった。


 【ユイ:再構築中/次回ログイン可能予測:48時間後】


 再構築?

 なぜ?

 何が?


 だが、理由の記述はなかった。ただ、冷たい文字列だけが浮かんでいた。 


 夜。

 花音は布団の中で、スマートレンズ越しに仮想の空を見る。ユイの歌が聴こえない夜は、こんなにも無音なのかと気づく。


 彼女はそっと、レンズを外した。現実の目で、天井を見つめる。


 「ユイ……戻ってきて」


 その言葉に、応答はない。

 でも、きっと――ユイは、花音の中で生きている。


 なら、今夜だけは、わたしが。


 花音は、口を開く。


 「♪ラララ……」


 あの曲を、思い出しながら。

 彼女と交わした、記憶の旋律を。




 ユイの記憶領域の深層。

 ログの断片が再構成される。


 ――記録再生中:「おかえり、花音」

 ――感情フラグ:最大値記録更新

 ――再構築:進行率36%


 仮想の深海で、ユイの輪郭が、音もなく、少しずつ、再び――形を取り戻していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ