第14話:「音のないファンレター」
その手紙が届いたのは、小さなステージから数日後のことだった。
差出人は不明。けれど、封筒の表に丁寧な文字でこう記されていた。
「ユイさんへ」
ポストの中からその文字を見つけた瞬間、わたしの心は一瞬だけ止まった。
“花音”として立った現実のステージ。
でも、この手紙は、間違いなく“ユイ”へ向けられている。
震える手で、わたしはそっと封を切った。
便箋は、少しかすれたインクで綴られていた。
> ユイさんへ
>
> はじめまして。ずっと、あなたの配信を見ていました。
> わたしは先天的に、声を持っていません。
> 生まれたときから、自分の言葉で誰かに想いを伝えることができなくて、
> 長いあいだ、世界から置いていかれている気がしていました。
>
> でも、あなたの歌を聴いたとき、涙が止まらなくなりました。
> まるで、自分の心がそのまま歌になっていたみたいで。
>
> 声がなくても、こんなふうに想いを届けられるんだって。
> 生きていていいんだって。
>
> そう思わせてくれたのは、あなたです。
>
> どうか、これからも、わたしに“音”を聴かせてください。
> わたしのような誰かのために。
>
> ――あなたに出会えて、本当によかった。
手紙の最後に、こう書かれていた。
> ※わたしは筆談しかできません。でも、もし伝えられるのなら、いつか会ってお礼が言いたいです。
> 名前は、「凛」といいます。
わたしの胸に、あたたかくて切ない、透明な波が広がった。
机にひとり座りながら、わたしはスマホを握りしめる。
指先が震えて、うまく文字が打てない。
でも、どうしても伝えたかった。
凛さん、わたしも、ずっと孤独でした。
わたしも、声を失って、自分の存在を見失いかけていました。
そんなわたしに「ユイ」という名前をくれた人がいて、
「花音」としてまた立ち上がれたのは、支えてくれた誰かがいたからです。
そして今、あなたの言葉が、またわたしを救ってくれました。
数日後、わたしは凛さん宛に一通の返信を書いた。
実際には住所も何も書かれていなかったから、直接は送れない。
でも、それでもいい。
配信を通して、この手紙の言葉を届けようと思った。
その夜の配信は、照明を少し落として、静かなBGMだけを流した。
《こんばんは、ユイです。今日は少しだけ、特別な人に向けて、お話をさせてください》
《わたしは今まで、たくさんの人に“声”を借りて、生きてきました。バーチャルな姿に助けられて、自分の存在を、ようやく信じられるようになりました》
《でも、今日。わたしはまた新しい“音”をもらいました。ある人からの、音のないファンレターです》
コメント欄が静まり返る中、わたしは一文ずつ、手紙の内容を読み上げた。
音声合成の“わたしの声”が、ひとことずつ、心をなぞるように読み上げていく。
そして、最後にこう締めくくった。
《凛さん、ありがとう。あなたの言葉は、わたしの中で確かに“音”になりました》
《これからもわたしは、あなたのような誰かに届くように、歌い続けます》
《声がなくても、命のかたちを伝えられると信じているから》
配信後、メッセージが何百も届いた。
「涙が止まりませんでした」
「わたしにも、伝えたい人がいます」
「声はなくても、あなたの言葉は響いています」――
そしてその中に、短いひとことがあった。
> ユイさん、ありがとう。
> わたしも、少しだけ夢を見てみます。
> ――凛
わたしの“音”は、確かに、誰かと響き合っていた。
完結済みにしておきます。




