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第13話:「声のないステージで」

 開演十分前。

 舞台袖から見たホールには、あたたかいざわめきが広がっていた。


 小さな地域の音楽イベント。

 出演者も観客も学生や地元の人ばかりで、誰も“ユイ”のことなんて知らない。

 でも、わたしにとっては、人生でいちばん大きなステージだった。


 現実の身体で、人前に立つのは、本当に久しぶりだった。


 「大丈夫。花音なら、絶対伝えられる」


 横にいる美音が、手をぎゅっと握ってくれる。

 その手のあたたかさに、深く息を吸った。


 わたしは花音として、初めて“声のないステージ”に立つ。


 曲の冒頭、美音の澄んだソプラノがホールに響いた。


 その音に合わせて、わたしは手話と、リズムで歌を「踊る」。

 振りつけというより、“音の情景”を身体で描くように。


 言葉はなくても、表情と動きと、呼吸のすべてで、

 「歌っている自分」を、そこに確かに存在させる。


 ……ふしぎだ。


 “ユイ”として歌っていたときは、バーチャルの姿を通して

 わたしの「声」は確かに存在していた。


 でも今、ここで“花音”として立つわたしは、

 自分自身の体で、はじめて“声”のない「歌」を届けている。


 どちらも、わたしなんだ。

 わたしの中に、ちゃんと響いている。


 最後の一音が終わったとき、ホールに、すこしだけ間が空いた。

 ……そして、やがて、大きな拍手が巻き起こった。


 温かくて、優しくて、誇らしい音だった。


 誰かが泣いていた。

 前列のおばあさんが、ハンカチで目を拭っていた。


 声がなくても、届いた。

 わたしの想いが、きっと誰かの胸に触れた。


 そう思えた。


 控室に戻ると、美音が涙目で言った。


 「ほんとに……すごかったよ。

 わたし、何度も一緒に練習してたのに、今日の花音には泣かされた」


 わたしも涙をこらえながら、スマホに打った。


 《ありがとう。美音がいてくれたから、ここに立てたよ。》


 《わたし、怖かった。でも今は、もう少しだけ、夢を見てみたい》


 「……ユイとして?」


 わたしは首を振った。


 《花音として。わたし自身の声じゃなくても、わたしの“音”を、世界に届けたい》


 《“ユイ”はわたしを守ってくれた大切な存在。でも、これからは……“花音”で、進んでみたい》


 美音が、わたしの手をぎゅっと握る。


 「うん、花音。君の“声”は、わたしにとっていちばんまっすぐな音だよ」


 夜。

 小さなステージを終えて、自宅の机の前に座る。


 パソコンには、いつもどおりの“ユイ”の配信ツールが開かれていた。

 でも、今日のわたしには、少し違って見えた。


 仮想の姿じゃなくて、“現実のわたし”として、世界と繋がりたい。


 わたしは、プロフィールの一部を書き換える。


 > 名前:ユイ(現実の名:花音)

 > メッセージ:声を失くしても、想いは歌える。あなたの胸に届きますように。


 エンターキーを押した瞬間、どこかでカチリと、鍵が外れる音がした気がした。


 わたしの物語が、ほんとうに始まったのだった。

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