第12話:ふたりで、もう一度
あの春の日から、わたしたちは毎週、会うようになった。
美音の提案で始めた“ふたりだけの合唱練習”は、最初こそぎこちなかったけれど、何度も重ねていくうちに、少しずつ息が合うようになっていった。
喉を失ったわたしには、もう「声」を合わせることはできない。
でも、美音は言ってくれた。
「花音のリズム、表情、息づかいが、ちゃんと“音”になってる。伝わってくるよ、私には」
その言葉に、涙が出そうになった。
誰かと“歌う”ことが、こんなにもあたたかく、尊いなんて。
ひとりでは見つけられなかった感情だった。
練習帰りの夕方、並んで歩く道に、小さな白い花が咲いていた。
それを見た美音が、ぽつりと言う。
「この花、花音っていうんだって。君と同じ名前の」
わたしはしゃがんで、それを見つめた。
儚くて、でも風に揺れてもしなやかで、ちゃんと根を張っている。
まるで、今のわたしみたいだ。
スマホを取り出して、打ち込む。
《きっと、昔のわたしだったら、気づかなかったかも。こうして一緒に歩いてなかったら》
「だね。わたしも……あの頃の花音に、ちゃんと寄り添えてたら、ってずっと思ってた」
《ううん。だから、今こうして会えたんだよ。もう一度、ちゃんと。》
風が頬をなでて、優しく吹き抜ける。
わたしたちは顔を見合わせて、ふっと笑った。
その日の夜。
久しぶりに、ユイとしての配信を行った。
画面越しのコメントは、あいかわらず温かくて、時に泣きたくなるほど優しい。
でも今日は、ひとつだけ――特別な“音”を届けたいと思った。
《こんばんは、ユイです。今日は少しだけ、大事なお話をさせてください》
音声合成されたわたしの声が、静かに始まる。
《わたしは、もともと“花音”という名前でした。喉を失って、声を失って、それでも……また、誰かに自分の気持ちを届けたくて、ユイとして歌い始めました》
画面のコメントが一瞬止まる。でも、すぐに溢れ出す。
《花音……?》《ずっと知りたかった》《ありがとう、打ち明けてくれて》
《大丈夫》《ユイも花音も、どっちも大好き》《応援してるよ》
もう涙が止まらなかった。
これまでずっと怖くて、隠していた“わたし”を、ようやく世界に向けて差し出せた瞬間だった。
《明日、大切な人と一緒に、小さなステージに立ちます。声はないけれど、音で心を伝えます。どうか、聴いていてください》
わたしの中の“ユイ”と“花音”が、ようやく重なった気がした。
誰かの希望になれるなら。
誰かの明日に寄り添えるなら。
それだけで、わたしは――ちゃんと、生きていける。
配信を終えたあと、スマホにひとつのメッセージが届いた。
《会いに行くよ、花音。明日、ちゃんと“聴く”ね。君の音を。》
それは、美音からの、あたたかな約束だった。
一度完結済みにしておきます。
明日以降執筆が終わり次第、再開します。




