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第11話 :“花音”として、もう一度会いたい

春の風は、まだ少しだけ冷たかった。

 けれど、あの日みたいに、刺すような孤独はもうなかった。


 ――美音に、会いに行こう。


 そう決めてから、わたしの日々は静かに変わり始めた。

 喉を失ってから、現実では誰かと直接向き合うのが怖くて、避けてきたことばかりだった。でも今は、ほんの少し、世界をまっすぐ見られる気がする。


 待ち合わせ場所は、小さな図書館の前。

 中学時代、よく一緒に通った場所だ。


 時計の針が、午後二時を指した瞬間。

 背の高い女の子が、春色のコートを揺らして駆けてきた。


 「……花音?」


 その声に、胸の奥がきゅうっと縮まった。

 口では答えられない。でも、うなずくだけで、彼女はすぐにわたしだとわかった。


 「……ほんとに、花音なんだね」


 小さな声で、彼女がそう言って、涙をにじませた。

 その瞬間、わたしも抑えていたものが溢れそうになった。


 美音。

 あのとき、何も言えずに離れてしまった。わたしが自分から壁を作ってしまったのに、それでもこうして再び、会いにきてくれた。


 ありがとう。

 本当に、本当に、ありがとう。


 近くのベンチに並んで座り、わたしはスマホに言葉を打ち込んでいく。


 《ずっと、言えなかった。会いたかったよ》


 美音はわたしの手元を見て、少し口元をほころばせた。


 「わたしも……ずっと後悔してた。花音の声を、最後にちゃんと聞かなかったこと。なのに、“ユイ”の歌でまた会えるなんて……夢みたいだった」


 彼女の言葉に、思わず手が止まる。

 ――“ユイ”と“花音”が、彼女の中で、ようやく重なったんだ。


 わたしは深呼吸して、スマホに続ける。


 《“花音”として、あなたの前に戻ってこれたこと、嬉しい》

 《あの頃は、怖くて……自分が誰かもわからなくなってた。でも、歌って、あなたの名前を心の中で呼びながら、ようやく前に進めたの》


 美音が涙を拭いながら、笑ってくれた。


 「じゃあ、これからは……“ユイ”じゃなくて、“花音”って、呼んでいい?」


 その言葉に、わたしは大きくうなずく。


 “ユイ”として得た勇気を、“花音”の未来へと繋げたい。

 この再会は、きっとその第一歩だ。


 夕暮れの図書館をあとにして、わたしたちは静かに並んで歩いた。

 言葉はなくても、たった一歩でも、同じ歩幅で進めるだけで、こんなにも心が温かくなる。


 「花音。今度さ、また一緒に……歌わない? リアルで、合唱みたいなこと、やれたらって思ってて」


 その言葉に、心が震えた。


 ――また、歌う?


 声がなくても?

 音に乗せて、わたしも舞台に立っていいの?


 でも、ユイの活動で気づけた。

 歌うって、声のことだけじゃない。気持ちなんだ。伝えたい想いが、ちゃんと胸にあれば、音はきっと届く。


 わたしは、美音の手をそっと握った。

 あたたかくて、確かな、その手を。


 そして、もう一度、心に誓う。


 花音として、“声なき声”を届けていく。


 バーチャルじゃなくても、伝えられるって、信じたいから。

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