第10話:あなたに、ちゃんと届きますように
ステージのライトが落ちた瞬間、わたしの鼓動はひとつ大きく跳ねた。
暗闇の中で、視界のすべてが“無”になっても、耳にはまだ、さっきまでの拍手と歓声の残響が、さざ波のように残っている。バーチャル空間でさえ、これほど多くの人が見守ってくれているのだと思うと、胸の奥がじんわり熱くなった。
ユイとして、ここまで来られたこと。
花音として、諦めなかったこと。
――ありがとう。
そんな想いを、どうしても言葉にして伝えたかった。声はないけれど、それでも。
ステージ裏に戻ると、サポートスタッフの夏未さんが、モニター越しに目を潤ませていた。
「ユイちゃん……すごかったよ。ほんとに……最高のパフォーマンスだった!」
彼女の声に、思わず頬がゆるむ。わたしの分まで、誰かが涙を流してくれる。それだけで、なぜだろう。自分の存在が、この世界でちゃんと意味を持てたような気がしてしまう。
画面越しのコメントは、まだ止まらない。
《ユイ最高!》《泣いた……》《リアルで会いたい!》
《ユイの声、心に響いた》《救われたよ、ありがとう》《名前、呼んでいい?》
《ユイって、どんな人?》《花音って誰?》
最後のひとつに、息が止まった。
……どうしてその名前が。
リアルの“わたし”は、まだ誰にも知られていない。
でも、どこかで気づいている人も、いるのかもしれない。
それは、ちっとも怖くなかった。
むしろ。
むしろ、嬉しかった。
その夜、ログアウトしてベッドに潜り込んだあとも、眠れなかった。
瞼を閉じても、ステージの光と音が、ずっと体内で瞬いていた。
――花音。
わたしの名前。誰もが忘れかけていた、もう使わなくなったはずの名前。
でも、あのとき。病院の白い天井の下で、名前を呼ばれなくなってから、どれほど寂しかったか。
声を失ってしまったせいで、存在ごと薄れてしまったように感じたあの日々。
今、ユイという名前で、もう一度呼ばれている。
画面越しに、誰かがちゃんとわたしを見つけて、呼びかけてくれている。
それって、たぶん。
声を持たないままでも、
わたしが――「生きている」って、証なんだと思う。
スマホを取り出し、わたしは音声変換アプリを開いた。
そして、ゆっくりとタイピングする。
《あなたに、ちゃんと届きますように。
名前を呼んでくれて、ありがとう。
ユイは……わたしは、ここにいます。》
何百万人の観客のうち、たったひとりでもいい。
誰かの人生に、わたしの声が触れてくれるなら。
それは、きっと「奇跡」なんかじゃない。
わたし自身が、選び取った「生き方」なのだ。
朝日がカーテン越しに射してきた。
わたしはスマホを胸に抱えながら、静かに微笑んだ。
声を失くしても、こんなにも“あたたかい音”で、世界と繋がれるなんて。
ねえ、きっと――
わたしの声は、もう消えてなんかいない。




