行方
光太郎に付いて街のはずれまで歩いていくと、治安維持役所と仰々しい字で書かれた看板が掲げてある建物に着いた。立派な建物だ。その外観だけで、この役所がこの街でどれほど重要な役割を果たすかが見て取れた。入るのも物怖じしてしまう。そんな私の心情を察することなく、光太郎は何食わぬ顔で戸を開けて役所に入って行った。私が慌てて追いかけて建物に入ると、中の様子に拍子抜けした。酒場と形容すれば、屋内の様子を想像することは容易いだろう。屈強な体付きをした男たちが、騒ぎ立てながら酒を飲んでいる。私が口を開けて立ち尽くしていると、光太郎が声をかけてきた。
「こっちだ。こっち。」
光太郎の声がする方へ顔を向けると、大きな掲示板のような物が目に入った。
「街の住人が困ったことがあるとここへ報告して、それが依頼としてここに貼られるってわけだ。」
光太郎は簡潔に私に説明した。依頼の内容を見てみると、害獣退治に人探し、草刈りに宿の手伝いなど、その内容は千差万別であった。
「人の命を救うっつうのは、少々定義が曖昧すぎると思ったんだが、ここならなんとかなると思ってな。」
光太郎はそう言うが、私にはそうは思えなかった。何しろ依頼の内容が平和すぎる。おそらく街の住民は、金があるのをいいことに、浮浪者に面倒臭い雑務を押し付けようとしているのだろう。浮浪者側も、簡単な依頼で金が貯まるので暇を持て余して朝からこんなところで酒を飲んでいるに違いない。
「これじゃ無駄足です...」
「そう判断するには早計じゃねえか?」
思わずこぼれた私の愚痴に光太郎は掲示板を指差しながら答えた。私はその指の先にある依頼を読んだ。その内容は人探しだった。
「ただの人探しじゃないですか。どうせ他の依頼と同じで、老人がボケてその辺をほっつき歩いてるだけですよ。」
「よく見てみろ。」
光太郎がそう言うので、もう一度依頼の内容を詳しく読んでみると、何やら不可解である。街の中心部に住む男の依頼で、何やら一昨日の晩方、夕食の材料を切らしたと言って家を出た妻が帰ってきていないらしい。街の中心部なので、夜道が暗いわけでもないし、何かいざこざがあったなら、目撃者がいるはずである。しかし、昨日一日中男が街で書き込みをしても、そのようないざこざどころか、買い物をしている姿を見たものもいないようである。
「この依頼、受ける価値があると思うぜ。」
光太郎はいつになく真剣な表情で言った。確かにこの女性は、命の危機に晒されているかもしれない。私は首を縦に振った。すると光太郎は、掲示板の依頼を剥がして、受付のような場所に持って行った。受付の女性が言うには、どうやらこの依頼書に、依頼者から依頼成功の証として印をつけてもらう必要があるらしい。女性が一通りの説明を終えると、簡単な労いの言葉を吐き捨てて、別の作業に戻った。おそらくこの女性もここにある依頼は簡単な雑務だけだと割り切って適当な仕事をしているんだろう。私はそんなぞんざいな女性の態度に苛つきながら、光太郎と共に役所を後にした。