依頼
街に着いた頃にはもう雨が降り始めていたので、私たちは宿をとって休むことにした。街の中の適当な宿に入ると、ずいぶんと手厚くもてなされた。この様な待遇には慣れていないので、たじたじになっている所を光太郎に笑われた。
「身体、汚れてるだろ?ゆっくり風呂、入って来いよ。」
風呂。私にとって馴染みのないもの。村では、死んだ親切な婆さんが持ってきてくれた手拭いで体を拭いていた為、風呂という存在を知ってはいたが、入ったことはなかった。光太郎と別れ、女湯と書かれた暖簾をくぐる。女物の服がぽつぽつと籠に入れてある。どうやらここは脱衣所らしい。私も着ている服を脱いで籠に入れ、恐らく風呂に続いているであろう戸を開けた。どうやら私の予想は的中した様で、戸を開けた瞬間から、熱気に包まれた。つるつると滑る床に転びそうになりながら、なんとか立ち上る湯気の元に辿り着いた。恐る恐る足を湯につけてみると、その熱さに驚愕した。それでも、なんとか肩まで湯に浸かると、今度はその心地よさに感動した。どうやらこの世もまだ捨てたものではないらしい。そうして生まれて初めての風呂を堪能した後、脱衣所に戻った。服を着るとき、ふと、周りの籠に入った服を見てみた。どれも私の着ている布切れの様な服ではなく、整った、上品な服であった。私は自分の服装に恥ずかしさを感じながら、部屋に戻った。どうやら光太郎も風呂に入ったらしい。髪の湿った姿で、荷物を整理していた。光太郎は私に気づくと、何やら服を渡してきた。
「お前もそんな服じゃ恥ずかしいだろ?」
光太郎が渡してきたのは、男物の袴だった。
「もちろん、お前が女なのは知ってるが、女物の着物は動きずらいと思ってな、お前は胸も膨らんでいない様だし、大丈夫だろ。」
光太郎は鼻で笑いながら告げた。
「余計なお世話です!でも、ありがとうございます。」
実際、旅をする上で動きやすさは重要である。その為、男物の袴という選択は非常に合理的である。しかし、どうしてそう無神経なことを言えるものかと、内心憤っていると、部屋の戸から声が聞こえてきた。
「御食事をお待ちしました。」
部屋に食事が運ばれてくる。光太郎に助け出された宿と同じような器に何品もの料理が陳列される。やはり米と味噌汁以外は、なんの料理か皆目検討もつかないが。しかしその匂いから、これが堪らなく美味な料理であることがひしひしと感じられる。私が我慢ならず食べ始めると、やはりその勢いに、光太郎は笑った。そうして食事を食べ終えると、旅の疲れからかすぐに眠気が襲ってきた。そうした様子を察知してか、光太郎は布団を敷き始めた。私は畳の上で眠ることが基本だったので、布団で眠ることは私の記憶では初めてだった。風呂のこともそうだが、どうやら私の前の生活は、私が思っていたよりずいぶんと劣悪だったらしい。私は光太郎が敷いてくれた布団に潜ると、やはりその心地よさに感動すると共に、即刻深い眠りに落ちた。翌朝は、多分人生で一番良い目覚めだった。私が目を覚ますと、光太郎はどうやら先に起きていた様で、
「よく眠れたか?」
と聞いてきた。
「とてもよく眠れました。」
そう返すと、光太郎は嬉しそうに笑った。そうして他愛もない話をしていると、光太郎はふと、この街に来た目的を話し始めた。
「この街は治安がいいことで有名なんだが、それが何故だかわかるか?」
そう聞かれると、返答に困る。困惑した私の表情を察してか、光太郎は続けて話し出した。
「それはな、俺らみたいな浮浪者が、日銭を稼ぐ為に街の治安維持に一役買ってるからなんだよ。」
「街の住人が、窓口に困り事を相談するわけだ。そうすると、その困り事は依頼となって掲示板に貼り出される。」
「そうして貼り出された依頼を、俺ら浮浪者がこなして、日銭を稼ぐってわけだ。」
なるほど、そこの依頼で命を救う様な仕事をすれば、私の呪いの解除は進み、金も稼ぐことができ一石二鳥と言うわけだ。
「とりあえず、依頼を見に行こうぜ。」
光太郎が部屋を出るのに着いて行き、私たちは依頼の確認に向かった。