出発
身支度を終えた私たちは、宿から出て、近くの街を目指すことになった。宿の外の景色は、まちまちと建っている家屋に、延々と続く田畑である。街までの道のりは長いものであると、容易に想像することができた。
「ここから街まで、どれくらい歩くんですか?」
「んー、ざっと3日くらいじゃねえか?」
3日?聞き間違いだろうか。3日歩かないと街に着かないというのなら、私の住んでいた村は一体どれほど辺鄙な場所にあったというのだ。
「ずいぶんと余裕そうに言うんですね。そう言う経験が豊富なんですか?」
光太郎の表情が一瞬固まったように見えた。だが、次の刹那にはいつもの表情に戻った。
「俺はいろんな所を流離いながら人助けして、日銭を稼いでるんだよ。俺に金があるって言ったのは、ちょいとデカい依頼をこなして、まとまった金が手に入ったからだな。」
なるほど、光太郎がやけに体つきがいいことに合点がいった。先ほどの光太郎の表情に関しても、恐らく杞憂だろう。
「そういえば、なぜ街を目指すんです?人の命を救えって言うなら、街よりもっと治安の悪そうな所に行けばいいのでは?」
先ほどからの疑問を投げかけてみた。街の人間たちは、恐らく皆金持ちで、盗みや飢えなんてものとは無縁の生活を送っているのだろう。そんなところで命が危険に晒されている人間など、果たしているものか。
「街に行けば分かる。今は説明がめんどくせえから、あっちに着いたら説明させてくれ。」
薄々と感じていたが、この男はかなりいい加減だ。私の真面目な疑問に対して、面倒だからあとにしてくれときた。少し文句を言ってやろうと、口を開きかけた時、後ろから声が聞こえてきた。
「やっと見つけたぞ!あの糞餓鬼!」
思わず身体が強張る。聞き覚えのある声。私を殴る時と同じ、怒気を内包した私の身体に刻み込まれた声。
私が逃げたのを察知し、ここまで追ってきたのだろうか。どうやって?そう思い、足元を見て絶句した。私は雨を降らす忌み子、雨で道がぬかるんで、足跡は抉れたように深く、くっきりと残る。この足跡が、奴らの追跡を許したのだろう。声の方を恐る恐る見ると、3人の男が、憎しみを込めた目で私を睨んでいた。
「友好的ってわけじゃ、なさそうだな。」
光太郎は、振り向いて私の前に一歩出て、私を庇うような挙動を見せた。
「その女は忌み子だ!なぜ庇う!」
口を開けば忌み子、忌み子。うんざりする。私だってこうなりたくてなったんじゃない。やり場のない怒りに、私は唇を噛んだ。
「忌み子って言うのなら、この子が村からいなくなってもいいだろ?この子が村からいなくなれば、雨も止んで一件落着じゃねえか。」
「そいつは散々村に迷惑かけたんだ。それが逃げ出してのうのうと生きるなんて、許せるわけないだろう。気が済むまで殴ったら、あとは見世物小屋にでも売っぱらってやる!」
「救い様がねえな...」
光太郎が、氷のような冷たい声で吐き捨てた。
「その女を渡せ!さもなくば、お前を殺してでも奪うぞ!
「やれるもんならやってみろよ。」
次の刹那、男たちは怒号をあげ、こちらへ突進してきた。そして、光太郎は落ち着き払った様子で腰の刀に手を掛けた。