転機
男の言葉に、私は耳を疑った。雨を止ませる?無理に決まっている。私たちは所詮、ただの人間に過ぎない。天気に干渉できる生物なんているはずがないだろう。
「お前さんの身体が随分と汚れていたもんで、拭いてやろうと思ったんだが、その時お前さんの腕に青い痣を見つけてな。」
確かに私の体には痣がある。物心つく前からあったので、赤ん坊の頃に親からつけられたものだと思っていたが、この痣がなんだというのだろう。
「昔聞いたことがあるんだが、なんでもこの国には、呪われた一族が存在したらしい。二百年ほど前、多くの武士が天下統一を目指し争った時代に、忠勇無双で、一人で千人力と恐れられた女武士が居たそうだ。」
「その女武士は忠義に厚く、支えた領主からの信頼も厚かったようでな、とりわけその領の姫とは、気のおけない仲であったらしい。戦の際も、自ら前線に赴き、一騎当千の活躍をした。」
「それでも、やはり数の前には圧倒されるしかなかった。」
「勢いを増すその領主に焦った隣国は、数多の国と結託して、奇襲してきた。」
「そこでも女武士は奮闘したが、やはり数が多いため、1人で抑えることのできる人数にも限りがある。侵略されていく様を、見ることしか出来なかった。」
「それでもなんとか城内にたどり着くと、まさに今姫が殺されんとしているところだった。」
「急いで駆け寄ろうとしたが、既に遅かった。次の瞬間には姫の頭は地に落ちていた。」
「卑怯な手を使い、天下を治めようとしたこと。愛する国に土足で入られたこと。何より、姫を殺されたこと。」
「激しい怒りが女武士の感情を支配した。」
「そこからは、地獄だった。怒りに支配された彼女は、敵の命を奪い続けた。おおよそ1000人の命を刈り取り周りには何も無くなった頃、突然雨が降ってきた。」
「そして、腕には見知らぬ痣がついていた。その日から、来る日も来る日も、雨は止むことがなかった。」
「それじゃあ、もし私の腕にある痣が、その女武士と同じものだったとして、私が死ぬまで雨は止まないってことですか?」
「この話には続きがあんだよ。女武士が行くあてもなく彷徨っていると、何やら声が聞こえたらしい。」
「お前は人を殺し過ぎた。殺した数と同じ数、命を救え。さもなくば、この雨が止むことはないだろう。お前が死んでも、お前の血が続く限り、この呪いは終わらない。もし同じ数の命を救いきり、月にまみえることができた時、お前の願いは余すことなく叶うだろう。」
「彼女は自分のせいで子孫にまで被害が及ぶのはよく思わなかったらしく、彼女の命が続く限り、命を救い続けた。それでも、命を救うという行為は、そう易々とできるものでもなく、とうとう志半ばで彼女は生き絶えてしまった。」
「それ以来、人の命を救い続けなければいけない、呪われた一族が生まれたってわけだな。」
もしこの話が本当ならば、私はこの一族の末裔ということになる。しかし私を捨てた母も父も、それらしい痣はなかったように思う。どういうことだろう?本当の両親は別にいるのだろうか?ますます謎は深まるばかりだが、どうやら私の旅の目的は決まったらしい。人の命を救う。私の命は、先ほどこの男に救われたばかりであるが、私にそんな芸当はできるのだろうか。
「まだ腑に落ちないことがあるようだが、とりあえず旅の目的は決まったな。」
「そんじゃ、さっそく身支度して早いとこ出発しちまおう。俺、人助けならいいとこ知ってるんだよ。」
どうやらこの男は、どうしても私を助けたいらしい。見ず知らずの私に、ここまで世話を焼いてくれるのだから、相当親切なのか、よほどの馬鹿なのだろう。
「そういや、名前を聞いてなかったな。俺は光太郎。お前さんは?」
「睦月です。むつき。」
「月を見たことがねえのに、月の名前っていうのは、なんつうか皮肉なもんだな。」
光太郎は笑いながら言った。私は、笑っていいのかわからなかった。
「体の調子はどうだ?もう少し休んでくか?」
「いえ、大丈夫です。十分寝たので。」
「それじゃあ、出発するとするか。」
こうして、私の命を救う旅は始まった。