起床
目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。さっきまでのあれは夢だったのだろうか、それにしては妙に鮮明で、ただ夢と一言で片付けてしまうのは語弊がある気がする。考えがまとまらないまま辺りを見渡すと、先ほどの男がこちらを覗いていた。
「目が覚めたのか。」
男は私が目覚めたことに気づくと、私のそばまで来て、少々乱暴に私の前に食事を出した。
「腹減ってんだろ?食えよ。」
私は願ってもいない幸運に、思わず目を輝かせた。2日ぶりに食事にありつけた、それも、住んでいた村では食べたことのない、豪華な食事だった。米と味噌汁以外は何が使われた料理なのか皆目検討もつかないが、発せられる匂いから、確実に美味い食べ物だとわかる。次の瞬間には、辛抱ならない幼子のように、目の前の食事にむしゃぶりついていた。
「はは、いい食いっぷりだな。」
...隣にこの男がいたのを忘れていた。恥ずかしさで熱くなる体を感じながら、私は男に聞いた。
「ここはどこなんですか?なんで私に食事を出してくれたんです?」
至極妥当な質問だ。目が覚めたら見知らぬ部屋で寝かされていた。そして食事まで出してくれた。忌み子である私に、この男は、どんな企みで私を助けたのだろう。
「お前さんが逃げたいっていうから、連れてきたんだよ。俺がお前さんを拾ったんだから、俺が世話するのが当たり前だろ?ここは宿だ。俺が借りたんだよ。俺、結構金持ってるからな。」
——空いた口が塞がらない。この男にどんな得があって、私を救うのか、わからない。村ではこんな人間はいなかった。目先の利益だけを求め、人を騙し、蹴落とし生きていく。それが当たり前ではないのか。この男が私に逃げることを提案したのも、私の身を売ったり情欲を吐き捨てたりするためではないのか。
「お前さんは月を見たことがないんだろう?折角この世に生をうけたのに、お月様を見ないまま死ぬなんてもったいねえよ。」
「でも、私は忌み子で、私が生まれてから一度だって夜に晴れたことはないんです。それで、嫌われて、蔑まれて、もう疲れたんです。お月様だって見てみたいけど、雨を止ませる方法なんて知らないし、あるわけもないでしょ?あなたについてきたのも、もう何もかもどうでも良くなったからなんです。」
そう、雨を止ませる方法なんてない。私みたいなたった1人の人間が、天気になんて干渉できるはずないからだ。これ以上、この男に迷惑をかけるのも本意ではない。
「美味しい食事、ありがとうございました。私はもう行きます。」
これでいい。あとは誰にも看取られず、寂しく死ぬとしよう。私には相応しい最期だ。立ち上がり戸を開けようとした時、男が言った。
「もしも雨を止ませる方法があるって言ったら、お前さんはどうする?」