脱走
こうして村からの脱出を図る私と男であったが、私は上手く動かない自分の体に困惑していた。
「私、2日間何も食べてませんし飲んでませんでした...」
一般的に、人は2〜3日ほど水を飲まなければ、生命維持は困難であると聞いたことがある。私は満足に食事を取れていないため、2日の断水は相当堪えたのだろう。
だめだ、意識が遠のいてきた。
「おい!しっかりしろ!」
遠のく意識の中で男の声が聞こえる。
「くそったれ、やっと———」
この言葉を最後に、私の意識は途切れた。
———ここはどこだろうか。
意識がはっきりとしないまま、辺りを見渡すとそこは草原で、そこかしこに人や馬が転がっており、雨は変わらず降っている。その中心で、私は刀を振っている。
「体の制御が効かない...」
まるで別人の体の中に意識だけあるような、不思議な感覚だった。だが、知っている。私はこの刀を、景色を、見たことがある、気がする。はっきりとした記憶はないが、私の感覚がこの景色を覚えている。突然、とめどなく涙が溢れてくる。
「あれ...なんで...」
なぜかはわからないが、やるせない、深い悲しみを覚えた。そんな私の心情に構うことなく、肉体は刀を振り続ける。刃が風を切る音だけが響く。いったいいつまで続くのだろうか。1000回は刀は振っただろうかという頃、突然後ろから声が聞こえてきた。
「すいません。あなたをこんな目に合わせるつもりではなかったのです。」
女性の声が聞こえる。気品のある、慈愛に満ちた声。
「本当に申し訳ないのですが、私にはあなたを救うことができません。」
この声は、この肉体に向けた声なのだろうか、それとも、私?
「旅の途中、どうしても上手くいかないことがあれば、刹那の街を目指してください。あそこなら、あなたの旅をきっと手助けしてくれます。」
刹那の街。教育を一切受けてこなかった私でも聞いたことがある。まだ天皇様が国を納めていた頃、そこへ行けばどんな願いも叶う理想郷を作ったらしい。なんでもその街は、人里離れた峡谷に満月の日にのみ現れるらしい。そのため、刹那の街と呼ばれるのだとか。誰もが作り話だと思う話だが、小さい頃から私には本当の話に思えて仕方なかった。まあ、根拠はないのだが。
「あなたの旅が上手くいくことを願っています。」
その声を最後に、強い光に包まれた私はまた意識を失った。