第9話 魔導トースターと、朝食に宿る魔法
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
王都の南端、衛兵たちが暮らす一画に、ひとつの古びた食堂があった。
名前は《朝の光亭》。
だが、その名とは裏腹に、今や“誰も朝に訪れない店”になり果てていた。
原因は単純だった。
「……マズいんだよな、パンが」
そうぼやいたのは、王都駐在の若い衛兵、レオン。
彼は夜勤明けに仲間と共に食堂へ入り、椅子にどさりと腰を下ろした。
「冷えた硬いパンに、ぬるいスープ。朝から戦う気力も失せるってもんだ」
「でもよ、ここのおかみさん、いい人だし……なかなか文句も言えねぇんだよな」
衛兵たちが苦笑交じりにそう話す傍らで、厨房から出てきた年配の女性――おかみのノーラが、苦い顔で皿を拭いていた。
彼女の夫は五年前に他界し、店の切り盛りは全て一人で担っている。
客の入りは減り、パンは業者の納品頼り。手間も魔力も足りない。
それでも――彼女は毎朝、開店を続けてきた。
そんな店に、ある日、ひとりの奇妙な“修理屋”が現れる。
「こんにちは。こちらに“朝食の悩み”があると聞いて来ました」
その男――佐藤達夫は、例の如く落ち着いた声で、厨房に入ってきた。
「え、ええと……あなた、どなた?」
「ただの家電屋です。今回は“食卓革命”に来ました」
達夫は腰のバッグから、銀色に輝く四角い装置を取り出す。
魔導石の輝きと、温かみある金属のフォルムが特徴的なそれは――
「これが、魔導トースターです」
「トース……何ですか?」
達夫は説明を始めた。
「パンを“香ばしく、ふっくらと焼く”ための調理機器です。風・火・香気の三属性を複合魔法で制御し、外はカリッと、中はふんわり仕上げる。さらに、焼き上がりに魔香石を使うことで、食欲をそそる香りを広げることも可能です」
「なんだか……すごい機械ね」
「ええ、朝を変える機械です」
達夫は厨房の隅に魔導トースターを設置すると、ノーラに尋ねた。
「パン生地、余ってますか?」
「昨日のが少し……でも、固くなってるわよ?」
「大丈夫。こいつはそういうパンの“再生”も得意です」
彼はパンをトースターに差し込むと、微調整つまみをカチリと回した。
機械が低く唸りをあげ、内部で魔導石が輝く。
そして――ピンッ!という軽快な音と共に、トーストが飛び出した。
ふわり、と香る。
焼きたてパンの甘く香ばしい匂いが、厨房に、食堂に、空間中に広がった。
「……これ、うちのパンなの?」
ノーラが半信半疑でかじる。
「……あっ……」
彼女の目が見開かれた。
「外はパリッとしてるのに、中がふんわり。甘さが……香りが……」
厨房の奥で見ていたレオンたち衛兵も、身を乗り出した。
その日から、《朝の光亭》の朝は変わった。
魔導トースターで焼かれたパンは、噂を呼び、駐在兵たちが列を作るようになった。
「うおっ、このバターの染み込み方、すげぇ!」 「昨日のパンが、まるで“焼き立て”じゃねぇか!」
達夫は、ノーラと一緒に“焼き加減”の調整を研究した。
パンの種類ごとに火力と時間を変え、魔香石のアロマを数種類ブレンドして、毎朝違った香りを楽しめるようにもした。
「今朝はシナモン、明日はハチミツ。それだけで朝がちょっと楽しくなるでしょう?」
「本当に……ありがとう。朝を迎えるのが、楽しくなったの」
達夫は微笑んだ。
「それが、“朝食の魔法”ってもんです」
しかし、そんな彼らの静かな革命を――見過ごさない者たちがいた。
「なぜ、《朝の光亭》が、また人を集めている?」
王都内の高級カフェ《銀月館》の店主が、苛立ちをあらわにする。
彼は王宮付きの料理魔導士と繋がっており、食堂の再興を面白く思っていなかった。
調べによると、“異世界からの男”が“謎の装置”を使っているらしい。
「それは、“国家管理外の魔道具”ということになるな」
店主は密かに、王国衛士団の査察官を動かす。
数日後、《朝の光亭》に査察官が現れた。
「無許可の魔導装置を公共の場で使用している疑いがある」
ノーラはうろたえるが、達夫は冷静にトースターを前に出す。
「この機械は、火災を起こさず、魔力の漏洩もなく、誰でも安全に使える設計です。規定の魔導具安全基準にも準拠しています。……お試しになりますか?」
「……何?」
「実際に“焼いて”みましょう」
達夫は固くなった前日のパンを取り出し、トースターにセットする。
ピンッ!
パンが焼き上がり、香ばしい香りが部屋に満ちた。
「……っ、うまそう……いや、査察に感情は不要だ」
査察官はパンを口に入れた。
その瞬間、眉がぴくりと動く。
……カリッ、ふわっ……口の中に優しい温かさが広がり、思わず涙腺が緩む。
それは、幼いころ母が焼いてくれた、あの朝の味。
「……これは……魔法じゃない、いや、“魔法そのもの”だ……」
査察官は深いため息をついた。
「……問題なし。むしろ、王都全域に広めるべき製品だ。協力を願えますか?」
こうして、魔導トースターは正式に王国の“生活魔導具”として登録され、《朝の光亭》の名も広く知れ渡ることとなった。
ノーラの店は再び人々の笑顔で溢れ、衛兵たちも“朝から強くなれる”と話す。
そして――ある朝。
厨房で新しいパンを焼きながら、ノーラが達夫に言った。
「あなたって、本当に変わった魔法使いね」
「魔法は使えません。ただ、ちょっと“焼くのが得意なだけ”ですよ」
――香ばしい音と、魔導トースターの蒸気が立ち上る中、達夫は静かに微笑んだ。
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