第82話 魔導コピー機と、知識の洪水
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作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
達夫が旅立ってから数か月。
弟子たちが異世界各地で家電文明を拡げ、ルメリア大陸は目まぐるしい速度で変わりつつあった。
アステリア王都では新たに設立された「魔導技術研究院」が、家電技術の普及と応用研究を進めていた。
その中心にいたのは、達夫の最初の弟子、ロイだった。
「……先生がいなくなっても、止まっていられない。俺たちがやるしかないんだ」
ロイは、そう心に誓っていた。
そして、彼が今取り組んでいたのが——魔導コピー機の開発だった。
魔導コピー機。
それは、紙に書かれた情報を一瞬で複製する、驚異の家電だった。
元々は達夫が旅の途中、"この世界には印刷技術すらない"と気づき、必要性を感じたのが始まりだ。
「一人の学者が書いた知識を、一冊一冊写本してたら、そりゃあ、進歩は遅いだろうなぁ……」
彼のそんな呟きを覚えていたロイは、魔力と技術を応用し、「情報を魔法で読み取り、転写する機械」を作ろうと試みたのだった。
しかし、開発は困難を極めた。
一番の問題は、紙質のバラバラさと魔力量の差だった。
この世界の紙は、羊皮紙や麻布に似たものが主流で、サイズも密度もバラバラだった。
さらに、使用者の魔力量によって、出力されるコピー品質にもばらつきが出る。
「うーん……これじゃ、大事な文書ほど失敗する……!」
ロイは何度も壁に突き当たった。
失敗作の山。破れた紙の山。消えかけたインクの山。
それでも彼は諦めなかった。
「先生なら、絶対ここで投げ出さない」
一心に、ただ一心に、彼は試作機を改良し続けた。
そして——ついに、それは完成した。
「……できた、これが、魔導コピー機《Magical Copier》だ!」
ロイは誇らしげに機械を撫でた。
外見は、達夫が持っていた"オフィス用複合機"をモデルにしていた。
石と金属と魔導回路で作られた本体には、原本を載せるためのガラス板があり、コピーを出すための魔導紙排出口が付いていた。
さっそく、王立図書館にあった古文書をコピーしてみる。
魔力を流すと、紫色の魔導光線が原本をなぞり、瞬く間に別の紙に複製される。
「おおおっ!!」
見守っていた研究員たちが歓声を上げた。
元の文字はそのままに、わずか数秒でそっくり複製されたのだ。
しかも、魔導紙は一般的な紙よりも安価で量産しやすい素材だった。
「これで、古文書も、学問書も、大量にコピーできる……!」
アステリアの学者たちは、こぞってロイの魔導コピー機に群がった。
今まで、貴族や聖職者だけが独占していた"知識"が、広く一般市民に開かれる時代が来る。
それは、ルメリア大陸の文明を根本から変えてしまう、静かな革命だった。
だが、ロイは浮かれてはいなかった。
「知識が広がれば、悪用する奴も現れる」
それもまた、達夫から教わったことだった。
事実、早速"偽造文書"を作ろうとする連中も現れた。
魔導コピー機の力を使い、偽の契約書、偽の領収書、果ては偽の勅令まで……。
「先生……俺、どうすればいいんだろう……」
ロイは夜の工房で、ひとり肩を落とした。
だが、思い出す。達夫のあの言葉。
『家電ってのはな、万能じゃねぇ。でもな、正しく使う人間がいれば、それだけで世の中は少しずつ良くなる』
「……そうだよな」
ロイは顔を上げた。
魔導コピー機には、使用者の魔力署名を記録する機能を追加した。
これにより、誰がいつ、どんなコピーを取ったかを管理できるようにしたのだ。
また、重要文書には「魔導認証印」を押す新制度も始まった。
本物と偽物の区別が、誰にでもすぐ分かるように。
ロイの努力は、確実に実を結び始めていた。
そのころ、旅の途中の達夫も、弟子たちの活躍の噂を耳にしていた。
「ロイが……コピー機か。やるじゃねぇか」
小さな酒場で、達夫はひとり酒をあおった。
弟子たちがそれぞれの場所で、家電を通じて世界を変えている。
それが、何よりの喜びだった。
「まだまだ、これからだな……」
皺だらけの手に、小さな震えを覚えながらも、達夫は笑った。
ルメリア大陸の未来は、間違いなく動き始めていた。
そしてその未来をつくるのは——弟子たちだ。
「頑張れよ、お前ら」
誰にも聞こえない声で、達夫は静かに呟いた。
星空が、どこまでも澄んでいた。
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