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第8話  魔導掃除機と、呪われた屋敷の亡霊

作品ナンバー2

ほっと一息ついていただければ幸いです。

それは、王都から南へ三日。


霧深き森の奥に、ひとつの“空き屋敷”がひっそりと建っていた。


かつては名門貴族の館として栄えたが、二十年前の大火によって一家は全滅。


以来、その屋敷では――奇妙な現象が相次いでいた。


窓に浮かぶ女の顔、夜な夜な響くうめき声、部屋の隅で蠢く黒い影。


冒険者ギルドが調査に派遣した者たちも、皆一様に口を噤み、再訪を拒否した。


「そこは、呪われている」と。


だが、ある日。


その屋敷の“掃除”を請け負った男がいた。


 


――その名は、佐藤達夫。元・家電量販店の販売員。


今やこの異世界にて、“魔導家電の父”と呼ばれる男である。


 


「……本当に、この屋敷に入るのか?」


霧森の手前で、冒険者の少年が恐る恐る尋ねる。


「ああ。掃除ってのはな、魂を整える行為でもあるんだよ」


達夫は腰に下げた鞄から、新たな家電を取り出した。


それは、流線型の筐体に、魔石が埋め込まれた不思議な機械――**魔導掃除機マジッククリーナー**だ。


風・吸引・浄化の三属性魔法を融合させた、最新の魔導家電である。


 


「吸引魔法による塵の回収、風魔法での床下清掃、そして浄化魔法による結界効果……」


達夫がスイッチを入れると、ゴォォォという低い駆動音が森に響いた。


その魔力の波動に、一瞬、木々がざわめいた気がした。


まるで、屋敷の中に眠る“何か”が目覚めたかのように。


 


屋敷の中は、想像を絶する惨状だった。


床には埃が厚く積もり、壁紙は剥がれ、天井には黒い染みが広がっている。


重く淀んだ空気が、肺の奥まで染み込んでくるようだった。


だが、達夫は怯まない。


「まずは、リビングからだな」


彼は魔導掃除機のノズルを構え、床に沿ってゆっくりと動かし始めた。


すると……


 


――ギィィィィイイイ……


掃除機の内部から、異様な悲鳴のような音が響いた。


「これは……“実体を持たない霊素”か。なるほど、ここには“物理的な塵”だけじゃない“穢れ”が残ってるってわけか」


達夫は即座に、浄化用の魔石に出力を集中させた。


魔導掃除機から、淡い光が周囲に広がり、黒い影が一瞬だけ形を成す。


――女の横顔。涙を流すような。


しかし、それはすぐに霧散した。


「……すまんな。成仏するには、もう少し掃除が必要だ」


達夫は淡々と、そして丁寧に、部屋の隅々まで掃除を続けた。


 


廊下、寝室、書斎、地下室。


達夫は一部屋ずつ“浄化”していった。


魔導掃除機の稼働により、屋敷全体の魔力の流れが徐々に変わっていく。


重かった空気が、少しずつ澄み渡り、壁の染みも薄れ始めた。


 


そして――


最後に残されたのは、最上階の“子供部屋”だった。


扉を開けた瞬間、強烈な魔力の抵抗が達夫を襲った。


「うっ……!」


空間そのものが、拒絶しているような圧力。


だが、彼は構わず中へと踏み込んだ。


部屋の中央には、古びた木製ベッドと、壊れた人形が転がっている。


そして、空中には――少女の霊が浮かんでいた。


ぼんやりとした輪郭、うつむいた表情。全身から漂う哀しみと孤独。


「……ずっと、ここにいたんだな」


達夫は静かに言った。


「掃除ってのは、“誰かの居場所を整える”ことでもある。お前の居場所も、綺麗にしてやるよ」


 


彼は、魔導掃除機の吸引口を少女の方へ向ける。


同時に、低く呼びかけた。


「ありがとうな。今まで守ってくれて」


吸引と浄化の魔力が高まり、部屋全体に淡い光が広がる。


少女の霊は驚いたように目を見開き、そして――ふっと、微笑んだ。


次の瞬間、霊体は光の粒となって、空へと昇っていった。


 


翌朝。


あれほど不気味だった屋敷は、すっかり澄んだ空気に満たされていた。


窓から差し込む陽光が床を照らし、微かな風がカーテンを揺らしている。


まるで、長い悪夢から目覚めたかのように。


 


後日、この屋敷はギルドの推薦により“地域交流施設”として再活用されることとなった。


霧森の奥に、“魂が安らぐ場所”ができたのだ。


 


そして、館の一角には、こう刻まれたプレートが掲げられた。


 


――《この屋敷を清めし者、佐藤達夫氏に感謝を捧ぐ》――


 


「霊も、ゴミも、人の心の中に棲みつく」


王都への帰り道。


達夫は独り言のように呟いた。


「……でも、掃除機があれば、だいたいは何とかなる」


腰のホルダーには、静かに魔力を灯す魔導掃除機が収まっていた。


それは、ただの道具ではない。


人の心のおりを吸い取り、空間を、記憶を、過去さえも――浄化する。


それが、達夫の家電だった。

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