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第70話  達夫、家電の危うさに悩む

いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。


作品ナンバー2。

ほっと一息ついていただければ幸いです。

まだ陽の昇らぬ朝。


前線基地の高台に、達夫はひとり腰掛けていた。


静寂のなか、遠くの地平線がほのかに橙に染まりはじめていた。


昨日までの戦いの痕跡が、まだこの場所のあちこちに残っている。


割れた石畳、焦げた壁、そして、血の染みがかすかに残る兵舎の前庭。


達夫の手には、一冊のノートがあった。


彼がこの世界での発明や理論、そして日々の気づきを記している手帳だった。


その最後のページに、こう書かれている。


「技術は、幸せのためにある。だが、幸福とは何だろう?」


「……」


ふと、足音が聞こえた。ラゼルだった。


「マスター、こんな朝早くに……」


「おはよう、ラゼル。悪いな、眠ってる時間に起こしちまったか」


「いえ。マスターの姿が見えなかったので、少し心配になっただけです」


ラゼルが隣に腰を下ろすと、ふたりの間を冷たい風が通り抜けた。


「……俺さ、最近思うんだよ」


「なんですか?」


「俺が作ってきた家電って、本当に人を幸せにしてるんだろうかって」


「それは――」


達夫はラゼルの言葉を制するように手をあげた。


「いや、わかってるんだ。魔導洗濯機も、電子レンジも、ドローンも、通信機も……便利にはなった。人々の暮らしは格段に良くなった。飢えをしのぎ、命を救い、敵を退けることもできた」


「それでいいじゃないですか」


「でも、それだけじゃないんだよ」


達夫は静かに目を閉じた。


「……家電が、戦争の道具になってる。俺は便利な暮らしを目指して作ったのに、気づけば“戦うための道具”として使われてる」


「マスター……」


「魔導通信機は戦略の要となり、魔導ドローンは敵地の監視と爆撃に応用された。炊飯器すら、“魔導兵糧”として軍に組み込まれた。これが本当に、俺のやりたかったことだったのか……」


その言葉には、自問というよりも、懺悔に近い響きがあった。


ラゼルはゆっくりと立ち上がり、朝焼けを見つめながら言った。


「マスター、私は……マスターが作った家電に救われました。ルメリア王国の多くの人々が、マスターの技術で命を救われ、笑顔を取り戻しました」


「……」


「たしかに、それが軍に利用されているのも事実です。でも、それはマスターの責任ではありません」


達夫は首を横に振った。


「……責任はある。俺が作ったから、使われたんだ。誰かの命を救った技術が、誰かを殺すために使われてる……」


ラゼルは静かに拳を握った。


「……でも、だからこそ、マスターは悩んでいるんですよね。だから、私たちは進まなきゃいけないんです」


「……進む?」


「はい。家電の力が誤った方向へ進もうとしたとき、その舵を戻せるのはマスターだけです。王も、将軍も、兵士も、誰もできません。マスターだけが、それを“道具”から“希望”に変えられる」


その言葉に、達夫は静かに目を見開いた。


「……俺が、責任を取るべきなのか。使い道までを見届けて、正す責任があるのか」


「ええ。マスターはこの世界で“家電の神様”みたいな存在ですから」


「神様って……俺はただの、定年退職したオッサンだぞ」


ふっと、達夫が笑った。


その顔には、ほんのわずかだが光が戻っていた。


「そうだな……俺には、まだやれることがある」


「はい。これからも、ルメリアに“家電の光”を灯してください」


ラゼルのまっすぐな視線に、達夫はしっかりとうなずいた。


数日後、アステリア王都にて。


王国では、各国を招いた大規模な技術会議「家電協定会議」が開催されようとしていた。


世界会議の延長で、ここでは家電技術の共有と、軍事転用の規制について話し合われることになっていた。


会場には、王族、貴族、技術者、そして他国の使節団が集っていた。


その壇上に、達夫の姿があった。


「……私は、元の世界では“普通の家電メーカーの技術者”でした。ですが、このルメリアに来て、私は家電がいかに人の暮らしを変えるかを、目の当たりにしてきました」


会場が静まり返るなか、達夫は続ける。


「ですが、家電の力が強くなればなるほど、それを戦争に利用しようとする動きも増えていきました。私はそれを止められなかった。反省しています」


周囲がざわめく。


「けれど、私はここで諦めるつもりはありません。だからこそ、この場を借りて――“家電倫理憲章”の制定を提案します」


それは、家電の軍事利用に一定の制限を設け、各国の合意のもとに管理するという新たな提案だった。


兵器としてではなく、“暮らしのための技術”として家電を守る。


その理念に、各国の技術者や王族たちが賛同の意を示しはじめた。


達夫の想いは、少しずつだが世界を変えようとしていた。


その夜。達夫は王都の工房で、新しい家電の設計図を広げていた。


ラゼルが覗き込む。


「また、新しい家電ですか?」


「ああ。今度は“魔導加湿器”だ。乾燥すると、魔力の伝導効率が落ちるらしくてな。空気の湿度を保てば、魔法使いたちも少しは楽になるだろ」


「……やっぱり、マスターって不思議な人です」


達夫は笑って応えた。


「俺はな、戦う道具はもういらないんだ。誰かが“暮らす”ための技術を作っていきたい。それが、俺の道だと思うから」


王都の空に、夜風が吹いた。


その風は、これから始まる“家電と平和”の新しい章の幕開けを告げるように、優しく、そして静かに――ルメリアの街を包んでいた。

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