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第7話  魔導アイロンと、騎士団の正装

作品ナンバー2

ほっと一息ついていただければ幸いです。

――人は、装いに“魂”を宿す。


それはこの異世界においても変わらなかった。


 


王都アステリアの中心部。


威風堂々とした城塞の麓に、その騎士団本部はあった。


選ばれし者のみが身にまとうことを許される――青銀の正装。


それは王国騎士としての誇りであり、威厳の象徴であった。


だが近年、その正装をめぐる“ある悩み”が団員の間で噴出していた。


 


「シワが……取れないんだ」


若き騎士・ゼルガが嘆く。


「この礼装、すぐ皺になるし、熱にも弱い。魔法で直そうにも繊維が特殊で、すぐ焦げる……」


「先日の式典でも、シワのせいで団長が王女に睨まれてたって話だぞ」


「くくく……騎士団最大の敵は、アイロンがけか……」


笑い話のように見えて、その実、事態は深刻だった。


戦場で身にまとう鎧とは違い、正装は王都の貴族たちや他国の使節と接する“外交の鎧”でもある。


見た目一つで騎士団全体の評価が下がる事も珍しくない。


そんな折、ひとりの男が王都へ戻ってきた。


 


――佐藤達夫、60歳。家電の知識で異世界に変革をもたらす“文明の橋渡し人”である。


 


「……なるほどな。これはたしかに、扱いが難しい」


達夫は、ゼルガが持参した正装の布地を手に取り、感触を確かめる。


手触りは柔らかく、光沢があり、織り方は極めて細かい。


いわば“魔織まおりシルク”とでも呼ぶべき特製生地だった。


「火属性魔法じゃ焦げるし、風だけじゃシワは伸びない……かといって水をかけすぎれば形が崩れる」


達夫は唸りつつも、ニヤリと笑う。


「……これ、まさに俺の得意分野じゃねえか」


「え?」


「任せとけ。俺の手で、王国のアイロン革命を起こしてやる」


 


その夜、達夫は持ち帰った布地をもとに設計を開始した。


「シワを伸ばす」と一口に言っても、繊維の種類によって適切な温度、湿度、圧力が違う。


ましてや魔織シルクのような特殊素材には、繊細な制御が必要だ。


「まずは、魔力で温度を細かく調節できるプレートだな……。これには火属性魔石と制御型の中級魔陣を併用して……」


さらに彼は、細かい蒸気を発生させるために、水属性魔石と“霧化”の魔法陣を融合させ、プレートの前方に霧吹き機構を組み込む。


「スチームアイロンと同じ原理を、魔導で実現するってわけだ」


最終調整には、騎士団が用意した礼装を実際に使っての実験が行われた。


魔導アイロンがプレートを布地に滑らせると、魔織シルクはしなやかに波打ち、光を取り戻していく。


「な、なんだこれ……!まるで新品みたいだ!」


「しかも焦げない! 魔力の出力が自動調整されてる!」


騎士たちは感嘆の声を上げた。


この瞬間――王国初の魔導スチームアイロンが完成した。


 


数日後、騎士団では大規模な式典が控えていた。


各国の使節が王都に集まり、新たな防衛同盟が締結される重要な日だ。


当然ながら、騎士団全員が正装を着用することとなった。


だが以前と違い、その服には一切のシワがなかった。


「……どうだ?」


鏡の前でポーズを決めるゼルガ。


彼の青銀の礼装は、折り目正しく整えられ、襟元のラインには一点の乱れもない。


その背筋は、かつてないほどまっすぐだった。


 


式典当日――


騎士団は整然と行進し、その美しい装いと堂々たる態度は、王女や貴族たち、外国の使者たちから絶賛された。


「この統率力、そして格式……まさに王国の誇りだな」


そう言われたとき、団長は胸を張って答えた。


「我らが力を整えてくれたのは、一人の民間人――佐藤達夫殿の“文明の技術”だ」


 


式典の夜、王城のバルコニーに達夫は立っていた。


そこへ、団長の後を追ってゼルガが現れる。


「佐藤殿、あなたがいなければ、今日の式典は成功しなかった。礼を言う」


「礼なんていらんさ。俺はただ、“いい服を、いい形で着てほしい”だけだ」


達夫は静かに笑う。


「服ってのはな。そいつを着る人間の“心”を表すもんだ。折れてりゃ、自信もなくなる。シワが伸びりゃ、背筋も伸びる」


ゼルガは目を見開いた。


「……あんた、騎士より騎士っぽいこと言うな」


「俺は、家電のプロだよ」


その言葉に、ゼルガも笑った。


この夜、魔導アイロンは騎士団の“もうひとつの武器”となった。


見た目を整えること。それは、誇りを整えること。


正装とは――心の鎧なのだ。

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