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第68話  魔導ガスコンロと、戦場の晩餐

いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。


作品ナンバー2。

ほっと一息ついていただければ幸いです。

ルメリア王国の前線基地――。


東部防衛線に築かれたこの要衝は、ゾルタニア帝国との交戦が続く中で最も重要な拠点の一つであった。


昼夜を問わず砲撃音がこだまし、兵士たちは緊張の糸を張り詰めたまま日々を過ごしている。


そんな中、佐藤達夫は不釣り合いなほど穏やかな顔で、一台の魔導具を組み立てていた。


「マスター、それは……何をしているんですか?」


助手のラゼルが首をかしげながら近づく。


彼女の顔には、疲労の色がにじんでいた。


前夜の急襲により多くの兵が負傷し、看護や補給、修繕作業に追われていたからだ。


「これか? 魔導ガスコンロの改良型だよ」


達夫は笑みを浮かべながら、コンロのつまみを調整する。


銀色の金属製ボディには複数の魔導回路が刻まれ、中央には小さな青い魔石が埋め込まれている。


「食事だよ、ラゼル。いくら戦場とはいえ、ろくなものが食べられなければ士気は下がる。それに、前線での調理は魔力供給の安定性が問題だった。だから、この“炎精石”を活用した安定型魔導コンロを作ってみたんだ」


「……でも、今はそんなことをしてる場合じゃ――」


「いや、まさに今だからこそ必要なんだ」


達夫はコンロの上に鍋を置き、持参した食材を並べ始めた。


保存用の魔導冷蔵バッグから取り出されたのは、香辛料の効いた干し肉、じゃがいも、にんじん、そして何より――ルメリア産のバターだ。


「これから“前線シチュー”を作る」


「……ぜいたくですね」


呆れたように言うラゼルだったが、その目にはかすかな期待の光が灯っていた。


兵士たちの胃袋を掴むのは、戦場における重要な戦術の一つ――そう達夫は何度も口にしていた。


やがて鍋からは、ふつふつと音が立ち、豊かな香りが漂い始めた。


その香りに引き寄せられるように、前線の兵士たちが少しずつ集まり始める。


「なんだ、いい匂いがすると思ったら……」


「これは……本当に食事か? 魔導の実験じゃなくて?」


「食ってみりゃわかるさ。味見するか?」


達夫の呼びかけに、若い兵士がおそるおそるスプーンを手にした。


その一口で、彼の顔が驚きと感動に満ちた表情に変わる。


「う、うまい! 本当にうまいです!」


たちまち他の兵士たちも列をなし、鍋は次々に空になっていく。


達夫は慌てて第二鍋、第三鍋と調理を続けた。


やがて、味を占めた兵士たちが笑いながら鍋を囲む光景が広がった。


「マスター……まさか、これが目的だったんですか?」


「魔導技術が戦いだけのものになってはいけない。人の心を癒やすものでもあるべきだ。だから、こうやって伝えていくんだよ。どんなに過酷な場所でも、温かい食事が心をつなぐことを」


その夜、前線基地には久々に笑い声が響いた。


その様子を遠巻きに見つめる一人の兵士――彼の名はルドガー。かつてゾルタニア帝国に仕えていた脱走兵だった。


彼は、戦場に嫌気がさし、ルメリアに投降してきた者だ。


達夫の作る料理に涙を浮かべながら、静かに口を開いた。


「……あの頃の俺は、ただ命令に従って、破壊と略奪に明け暮れていた。でも、こんな場所があるなんて……」


達夫はそんな彼に、一杯のシチューを差し出す。


「食べなさい。心まで壊れちまったら、再生できないだろう?」


ルドガーは、ふるえる手でスプーンを握り、ゆっくりと口に運んだ。


しばらくの沈黙ののち、彼は小さく、しかし確かな声で言った。


「……ありがとう、ございます」




数日後、前線基地にゾルタニア帝国からの伝令が現れた。


「――停戦交渉の席を設けたいと、帝国側が申し出てきました」


その報を受けた王国司令官たちは一様にざわついた。


「急すぎる……罠ではないか?」


「だが、向こうからの申し出だ。乗らない手はない」


達夫は、そっと立ち上がると一つの提案をした。


「交渉の場を、ここに設けてはどうでしょうか?」


「ここだと?」


「はい。かつて砲弾が飛び交ったこの前線基地で、互いに温かい食事を囲みながら話す。それが本当の和解につながるかもしれません」


その提案に、王国上層部は悩んだ末――了承した。


そして数日後、達夫は魔導ガスコンロをいくつも並べ、豊かな食材とともに料理の準備を始めた。


ゾルタニアの使者たちが姿を現したとき、前線基地には穏やかな香りと湯気が立ちこめていた。


「これは……」


「敵地に来て、このような歓待を受けるとは……」


無言で食事を口にするゾルタニア側の将官たち。


その顔に、次第に緊張がほぐれていく。


その場には政治的駆け引きなどなかった。


ただ、料理を介して人と人が向き合っていた。


そして、交渉の末――


「一時的な停戦が合意された」


それは小さな一歩だったが、確かな一歩だった。


達夫は、遠くを見つめながらつぶやく。


「戦場に、火は必要だ。でも、破壊のための火じゃなく、命を温める火であってほしい……」


彼の開発した“魔導ガスコンロ”は、やがて「和平の火」と呼ばれ、前線の伝説となって語り継がれることになる。

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