第63話 魔導ポータブル冷蔵庫と、前線の一輪の花
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国とゾルタニア帝国の戦端が開かれてから数ヶ月。
最前線の補給基地では、日々消耗する物資と人員の管理に追われていた。
食糧や薬、魔力回復用のポーションはもちろん、兵たちの士気を保つためのささやかな「快適さ」も重要な補給品だった。
そんな中、佐藤達夫が開発した新たな魔導具が注目を集めていた。
その名も、「魔導ポータブル冷蔵庫」。
「これは、冷却魔法陣と蓄魔結晶によって、長時間安定した低温環境を保持できる持ち運び式の冷蔵装置です。氷を使わずに、野外でも新鮮な食材や医療用の保存薬を保管できます」
達夫の説明に、補給隊の若き中尉、リーシャは目を輝かせた。
「それって……生野菜とか、傷みやすい薬も前線に運べるってことですか?」
「その通り。小型で軽量だから、馬車にも、場合によっては魔導兵器の荷台にも積める。さらに、結晶の魔力が切れても、数時間は保冷効果が続くように設計してある」
補給路がしばしば敵の襲撃に晒される中、確実かつ衛生的な保管手段は、まさに命を救う発明だった。
ポータブル冷蔵庫の導入は、予想以上の効果を発揮した。
医療班では、これまで保存が困難だった血液凝固阻止剤や魔素安定薬が安全に保管されるようになり、重症者の生存率が飛躍的に上昇。
さらに、調理班では前線の炊事に生鮮野菜や乳製品を取り入れることが可能になり、兵たちの食卓に彩りと栄養が戻った。
「温かいシチューに、冷えた牛乳……信じられない」
兵士たちは涙を浮かべながら、久しぶりに口にした「家庭の味」に心を癒していた。
ある日、達夫は補給基地の一角で、不思議な少女と出会う。
彼女の名はフィリナ。
民間の薬草師だったが、戦争で家族を失い、前線で野戦病院の手伝いをしていた。
「この花……知っていますか?」
彼女が見せてきたのは、小さな白い花。
繊細で、暑さにも寒さにも弱く、ふつう戦場で目にすることはない。
「これは……“ソルフィーナ”の花か。高山地帯にしか咲かないと聞いたが……」
「母が好きだった花なんです。でも、戦火で村は焼かれ、種だけが奇跡的に残りました。だから、せめて一輪だけでも咲かせて、母に届けたくて……でも、こんな場所じゃすぐ枯れてしまう……」
その言葉を聞き、達夫は一つの提案をする。
「なら、この冷蔵庫で育ててみないか? この機種には湿度調整機能もついている。環境次第では、花の栽培も可能だ」
フィリナの目が見開かれた。
数週間後。
補給基地の一角、冷蔵庫の中にある小さなプランターには、凛とした白い花が咲いていた。
その姿は、戦火の中にもかかわらず、命が希望を捨てずに咲き誇る証のようだった。
「……咲いた……母さん、咲いたよ」
涙を流しながら花に触れるフィリナを、達夫はそっと見守る。
戦争のさなか、家電の知識で作られた魔導具がもたらしたのは、単なる便利さだけではなかった。
それは命を繋ぎ、心を癒し、そして未来へと希望を紡ぐ力でもあったのだ。
その後、魔導ポータブル冷蔵庫は前線の標準装備となり、ルメリア王国だけでなく、同盟国にも広く導入されていく。
フィリナのソルフィーナは、戦後「希望の花」として王都の記念庭園に植えられることになるのだった。
そして達夫は、かつて家電量販店で培った知識が、人の命や心さえ支えられることに改めて気づく。
彼の道は、家電と魔導の融合を超えて、「人を救う力」としての進化を続けていた。
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